* * *
「桐弥さま、すこし、いとまをいただいてもよろしいでしょうか」
ふゆと紫陽、そして虎尾の懸命な治療が続くなか、ひながそう申し出る。
「なにをするつもりだ?」
「鼓御前さまは、鬼塚家にある『祠』に行けば、『真実』をつまびらかにすることができるとおっしゃっていました。あれは、私に向けられたお言葉でした」
「ということは」
「はい、鬼塚家へ向かいます」
あれから苧環は気を失い、山吹や竜胆によって別室へ運ばれた。
『真実』を知っているであろう苧環から、証言を得ることはできない。
だが、ひなは悲観しない。
「私も、鬼塚の血を引く者です。これはきっと、私にしかできないことなのだと思います」
さらわれた御刀さまの捜索は、いまも続いている。
千菊の治療も、ひなにはなすすべがない。
けれども、ほかにできることがあるはずだ。
「一般人の外出は危険だ。許可できない」
「桐弥さま……」
「だから、僕も同行する。それでいいな」
「はいっ、ありがとうございます!」
そうと決まれば、陽が落ちない日中のうちに行動あるのみだ。
「その前に、ひとつだけよろしいでしょうか」
ひなはあらたまった様子で、居住まいをただす。
しゃんと背をのばしたまま、部屋の隅にいる葵葉のもとへすたすたと近寄ると──
ばちぃんっ!
渾身の平手打ちを、葵葉に向けてくりだす。
「んなっ……」
あまりの衝撃に、壁へ激突する葵葉。
なにが起きたのか、すぐには理解できていなかった。
「鼓御前さまが『鬼』にさらわれ、立花さまも危険な状態……あなたの心情もお察しします。ですが!」
キッと、ひなは葵葉を睨みつける。
「だからといって、あきらめてしまったら終わりです!」
葵葉を打った右手は、いまだ包帯が巻かれている。
傷だらけの手をおさえながら、ふるえながら、それでもひなは声を張りあげる。
「しっかりしてください!」
──しっかりしろ!
いつかの記憶がよみがえり、葵葉ははっとする。
「でも、立花センセでも敵わないのに、俺にできることなんてないだろ……!」
「虎尾さまからお聞きしました。立花さまは重傷を負われましたが、急所は外れていたそうです」
これは、不幸中の幸いだった。
あとすこしでも刃の軌道がずれていたなら、頸動脈を掻き斬られ、千菊は即死だったろう。
「あなたはこれを偶然と思いますか。それとも、必然と思いますか」
「……え?」
「私はっ……莇がとっさに急所を避けたのだと、そう信じています!」
それが意味することは、つまり。
「『鬼』の呪いに、莇も抗っているんです! 莇はみずから死をえらんだわけではない……思いだしてください。その刀をあなたに託したとき、あの子がなんと言っていたのかを!」
「それ、は……」
葵葉は、無意識ににぎっていた短刀へ視線を落とす。
ずきりと頭が痛む。
割れそうだ。
思いだすのが怖い……けれど。
──すまない……葵葉。
葵葉に謝りながらも、莇はなぜか、晴れやかな笑みを浮かべていた。
──あとは頼む。
「……あぁ……!」
そうだ、思いだした。
莇は言っていたじゃないか。
「『おれたちで、みんなで成し遂げよう』って……あいつは言ってた……!」
──きみなら、きっとできる。
信じている、と。
「姉さまだって、そうだ……!」
信じていますと、鼓御前も言葉を残していた。
だれひとり、あきらめてなどいなかったのだ。
「ごめん、姉さま、立花センセ、莇……みんな。俺が間違ってた」
不安でたまらないけれど。
頭をふって、くじけそうなこころをふり払う。
「俺も行く。俺にできることをする。ぜったい、あきらめない!」
おのれをふるい立たせたなら、ほら。
仲間がいれば、立ち上がることができるのだ。
何度でも、何度でも。
「はい……ともに、行きましょう」
あふれる感情をこらえながら、ひなはうなずき返す。
「待っててくれ、姉さま、莇──俺たちが、助けに行くから」
いま一度短刀をにぎりしめた葵葉に、もう迷いはなかった。



