「浄化は僕がやる」
布団のかたわらに桐弥が腰をおろす。
だが、虎尾の制止があった。
「待って。あなたは神楽で使いきった霊力が完全に回復してないでしょ。その状態で穢れを祓うなんて……!」
「そこの鼻タレ小僧は使いものにならん。なら、僕がやるしかないだろうが」
淡々とした桐弥の言葉に、葵葉は力なくうなだれる。
「……仮に救えたとて、そのあとはどうする?」
ふいに、男の声がひびく。
びくりと肩を跳ねさせたひながふり返ると、人影がふたつ。
そのうちのひとり。
打刀を提げた男、山吹が、深々と一礼した。
「当主殿をお連れいたしました、姫さま」
「……お父さま!?」
行方知れずだった苧環が、そこにいた。
ただ、苧環も無事とはいえない状況であった。
けほこほ、と時おり咳をもらし、足もとがおぼつかない。
山吹に支えられ、やっと歩いている状態だ。
「お父さま、心配いたしました。いままでどちらに……」
苧環は答えない。
青白い顔のまま部屋に入り、畳に座り込む。
そして桐弥を見やった。
「立花殿を治療したとしても、すぐに刀をにぎることは叶わんだろう。戦力にならぬ者に、時間と手間を割くひまはないはずだ」
「お父さま、なんということを……!」
すっと、桐弥が手でひなを制す。
苧環を見据える紫水晶のまなざしは、一切動じない。
「言いたいことはそれだけか」
「……なんだと」
「この小僧が死ねば、天が悲しむ。そんなこともわからんやつに、御刀さまを守る覡の資格はない」
「……感情論だな。理想をならべ立てるだけでは、未来は変えられない」
「僕はじぶんが卑屈なやつだと思っていたが、あんたも大概だな。──餓鬼は黙ってろ」
このままでは平行線だ。
桐弥は容赦ないひと言で、苧環の発言権を断つ。
「……そら見たことか。弱者がわめいたところで、なにもできない」
けれども、苧環は引き下がらない。
「強者は驕り、その身をみずから滅ぼす。そして弱者はなすすべもなく、絶望することしかできない。これがあなたが守ろうとした未来だ、兄上……!」
げほごほっと、激しく咳き込む苧環。
「当主殿」と山吹が背を支えるも、苧環のうわごとは続く。
「わかっていた……御刀さまのもとへ行かせれば、莇は死ぬ……その身を犠牲にして、『鬼』に報いようとすると……」
「……なんだって?」
とめどなくこぼす苧環から、桐弥はふと言葉の一片をひろいあげる。
「『鬼』に報いる……どういうことだ。鬼塚の小僧は、みずから望んで『鬼』に肉体を明け渡したわけではないのか」
はっとしたように、苧環が身じろぐ。
だが、口走ってしまったことは取りもどせない。
たっぷりの沈黙をへて、重い口をひらく。
「……『鬼』に肉体をさしだしたのは、みずからの意思だ。そうしたのは、それが鬼塚の血を引く者に課せられた使命だからだ」
「使命……? お父さま、それはいったい……」
「たいして霊力のない私は、寿命を対価に封印を維持することしかできなかった……だが、もう限界だ。私の寿命も、そう長くは続かない……っぐ! ごほごほッ!」
「お父さま!」
「っ……ひな、いますぐに、島を出てゆけ……!」
苧環はなにかに取り憑かれたように、ひなの肩をつかむ。
「おまえだけでも、生きろ……!」
その切実な訴えが、ひなをはっと身じろがせる。
「取り込み中のところ、失礼する。──客人だ」
そこへ、竜胆がやってくる。
思わぬ人物の登場に、だれもがふり返った。
「さぁ、みなさんもお出迎えして。きっと私たちの力になってくれるはずだよ」
にっこり。竜胆は表情をやわらげると、背後に連れていた人影へ道をゆずる。
「……あんたたちは」
真っ先に反応したのは、葵葉。
部屋に入ってきた大小ふたつの人影に、見おぼえがあったのだ。
「ふゆおばあちゃま……紫陽さま」
ひなもおどろきを隠せない表情で、客人──ふゆと紫陽を見つめる。
「島の木々に聞きました。だいたいの事情は、理解しているつもりです」
「私たちにも、できることがあるはずです。お力添えさせてくださいませ」
紫陽に肩を抱かれたふゆは、意を決したように千菊へ歩み寄る。
やがて布団のかたわらに腰を下ろし、胸の前で手を組む。
「御刀さまや覡さまに救っていただいたこの命。こんどは私たちも、みなさまのお力になりたいのです」
──ぱぁあ……祈るようなふゆの言葉とともに、桜のかんざしが淡い光を放つ。
「覡さまは、穢れを祓うことだけに専念を。傷は、ぼくが癒やします」
千菊に向け、おもむろに紫陽が手をのばした刹那。
光をおびた桜の花びらが、ぱっと一面にはじける。
ふゆの霊力を受け、紫陽が神気を解放したのだ。
「まかせてちょうだい。アタシも全力でいくわよ!」
力強く答える虎尾。
ひゅう、と風が吹き込み、いじらしく色づいた桜の花びらを舞いあげた。
桜吹雪が巻き起こり、まばゆい光があたりを照らす。
まるで千菊にまとわりついた闇を、吹き飛ばすかのように。
「……なんで……」
真っ白に染まる視界で、葵葉はぽつりとこぼす。
「なんであんたたちは……あきらめないんだ」
ひと振りの短刀を、ぎゅっとにぎりしめながら。
布団のかたわらに桐弥が腰をおろす。
だが、虎尾の制止があった。
「待って。あなたは神楽で使いきった霊力が完全に回復してないでしょ。その状態で穢れを祓うなんて……!」
「そこの鼻タレ小僧は使いものにならん。なら、僕がやるしかないだろうが」
淡々とした桐弥の言葉に、葵葉は力なくうなだれる。
「……仮に救えたとて、そのあとはどうする?」
ふいに、男の声がひびく。
びくりと肩を跳ねさせたひながふり返ると、人影がふたつ。
そのうちのひとり。
打刀を提げた男、山吹が、深々と一礼した。
「当主殿をお連れいたしました、姫さま」
「……お父さま!?」
行方知れずだった苧環が、そこにいた。
ただ、苧環も無事とはいえない状況であった。
けほこほ、と時おり咳をもらし、足もとがおぼつかない。
山吹に支えられ、やっと歩いている状態だ。
「お父さま、心配いたしました。いままでどちらに……」
苧環は答えない。
青白い顔のまま部屋に入り、畳に座り込む。
そして桐弥を見やった。
「立花殿を治療したとしても、すぐに刀をにぎることは叶わんだろう。戦力にならぬ者に、時間と手間を割くひまはないはずだ」
「お父さま、なんということを……!」
すっと、桐弥が手でひなを制す。
苧環を見据える紫水晶のまなざしは、一切動じない。
「言いたいことはそれだけか」
「……なんだと」
「この小僧が死ねば、天が悲しむ。そんなこともわからんやつに、御刀さまを守る覡の資格はない」
「……感情論だな。理想をならべ立てるだけでは、未来は変えられない」
「僕はじぶんが卑屈なやつだと思っていたが、あんたも大概だな。──餓鬼は黙ってろ」
このままでは平行線だ。
桐弥は容赦ないひと言で、苧環の発言権を断つ。
「……そら見たことか。弱者がわめいたところで、なにもできない」
けれども、苧環は引き下がらない。
「強者は驕り、その身をみずから滅ぼす。そして弱者はなすすべもなく、絶望することしかできない。これがあなたが守ろうとした未来だ、兄上……!」
げほごほっと、激しく咳き込む苧環。
「当主殿」と山吹が背を支えるも、苧環のうわごとは続く。
「わかっていた……御刀さまのもとへ行かせれば、莇は死ぬ……その身を犠牲にして、『鬼』に報いようとすると……」
「……なんだって?」
とめどなくこぼす苧環から、桐弥はふと言葉の一片をひろいあげる。
「『鬼』に報いる……どういうことだ。鬼塚の小僧は、みずから望んで『鬼』に肉体を明け渡したわけではないのか」
はっとしたように、苧環が身じろぐ。
だが、口走ってしまったことは取りもどせない。
たっぷりの沈黙をへて、重い口をひらく。
「……『鬼』に肉体をさしだしたのは、みずからの意思だ。そうしたのは、それが鬼塚の血を引く者に課せられた使命だからだ」
「使命……? お父さま、それはいったい……」
「たいして霊力のない私は、寿命を対価に封印を維持することしかできなかった……だが、もう限界だ。私の寿命も、そう長くは続かない……っぐ! ごほごほッ!」
「お父さま!」
「っ……ひな、いますぐに、島を出てゆけ……!」
苧環はなにかに取り憑かれたように、ひなの肩をつかむ。
「おまえだけでも、生きろ……!」
その切実な訴えが、ひなをはっと身じろがせる。
「取り込み中のところ、失礼する。──客人だ」
そこへ、竜胆がやってくる。
思わぬ人物の登場に、だれもがふり返った。
「さぁ、みなさんもお出迎えして。きっと私たちの力になってくれるはずだよ」
にっこり。竜胆は表情をやわらげると、背後に連れていた人影へ道をゆずる。
「……あんたたちは」
真っ先に反応したのは、葵葉。
部屋に入ってきた大小ふたつの人影に、見おぼえがあったのだ。
「ふゆおばあちゃま……紫陽さま」
ひなもおどろきを隠せない表情で、客人──ふゆと紫陽を見つめる。
「島の木々に聞きました。だいたいの事情は、理解しているつもりです」
「私たちにも、できることがあるはずです。お力添えさせてくださいませ」
紫陽に肩を抱かれたふゆは、意を決したように千菊へ歩み寄る。
やがて布団のかたわらに腰を下ろし、胸の前で手を組む。
「御刀さまや覡さまに救っていただいたこの命。こんどは私たちも、みなさまのお力になりたいのです」
──ぱぁあ……祈るようなふゆの言葉とともに、桜のかんざしが淡い光を放つ。
「覡さまは、穢れを祓うことだけに専念を。傷は、ぼくが癒やします」
千菊に向け、おもむろに紫陽が手をのばした刹那。
光をおびた桜の花びらが、ぱっと一面にはじける。
ふゆの霊力を受け、紫陽が神気を解放したのだ。
「まかせてちょうだい。アタシも全力でいくわよ!」
力強く答える虎尾。
ひゅう、と風が吹き込み、いじらしく色づいた桜の花びらを舞いあげた。
桜吹雪が巻き起こり、まばゆい光があたりを照らす。
まるで千菊にまとわりついた闇を、吹き飛ばすかのように。
「……なんで……」
真っ白に染まる視界で、葵葉はぽつりとこぼす。
「なんであんたたちは……あきらめないんだ」
ひと振りの短刀を、ぎゅっとにぎりしめながら。



