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未明のこと。九条家に訪問客があった。
母屋にある大広間で、桐弥は客人たちと面会をする。
面布で素顔を隠した黒袴の男たち。
全身黒ずくめのいでたちは、現役を退いた覡のものだ。
「御三家当主のうち、一名が行方不明、一名が危篤でございます」
おとずれた三名の男のうち、ひとりが口をひらく。
「一刻もはやく御刀さまを救出しなければ、わが兎鞠島に明日はないでしょう」
「つきましては、『ご英断』をなにとぞお願い申しあげます──九条紫榮さま」
男たちは口々に桐弥へ進言すると、一礼ののち、大広間をあとにする。
彼らが去ってなお、桐弥はじっとまぶたを閉じたまま、しばし沈黙していた。
「……桐弥さま!」
ようやく桐弥が部屋を出たところで、ひなが駆け寄ってくる。
「『典薬寮』のみなさまは、なんと……?」
「この状況だ。総力戦となる。『鬼』を発見した場合、依代ともども殲滅対象とのことだ」
「そんなっ……! 莇を見殺しにしろということですか!?」
「それが『上』の決定だ」
神宮寺苧環が昨日より行方不明。
そして『鬼』と交戦した立花千菊が、意識不明の重体だ。
夜を徹して千菊への集中治療がおこなわれているが、状況は厳しい。
さらに、『鬼』が憑依したとされる莇の救出活動も打ち切られた。
つまり見つけしだい、『鬼』もろとも斬り捨てろという命令である。
「うそ……どうして、こんなことに……っ」
ひなが両手で顔を覆い、わっと泣きだす。
桐弥は視線を伏せ、黙り込む。
下手な慰めは、ないほうがいい。そうとはわかっているけれど。
「『上』の決定はまっとうな意見だ。だが僕個人としては、納得したわけではない」
「……桐弥、さま……?」
桐弥はひなに目配せをしたのち、歩を進める。
ひなも桐弥に続く。
足早に縁側を通り抜け、最奥にある部屋へ向かった。
そこには、布団に横たわった千菊。
そして治療を続ける虎尾のすがたがある。
「立花センセ……」
部屋の隅には葵葉が座り込んでいる。
表情はうつろで、ぬけがらのようだ。
「容態は」
「相変わらずよ。袈裟斬りだなんて、殺意高すぎったらありゃしないわね」
止血はなされたが、いかんせん出血量が多すぎた。
千菊が目覚める様子は一向になく、その顔色は真っ白だ。
「傷口の治療だけならなんとかなったけど……そう簡単にはいかないってことね」
虎尾の両手から発された光が、千菊の表皮にしみ込み、再生能力にはたらきかける。
だが左肩から右腰骨にかけて斬られた傷口がふさがることはなく、ばちんっとはじけた光が消滅する。
「瘴気に妨害されてるの。穢れを祓わなきゃ、これ以上の治療はできないわ」
「祓えるのか?」
「祓うだけなら。でもアタシの力じゃ、立花センセにがんじがらめになった穢れをほどくので、せいいっぱいよ」
「治療する余力を、残せないということか……」
覡の霊力は、人間相手には治癒効果を発揮しない。
虎尾が人間に対して高い治癒能力を発揮するのは、豊富な妖力を、癒やしの力に変換しているから。
その虎尾でさえ治療できないとなれば、待ち受けるのは『死』だ。



