「させないわ──防御結界・『七宝鏡華』!」
すでに虎尾は行動していた。
しなやかな両手がかざされた刹那、またたく間に結界が張りめぐらされる。
「アタシ自慢の結界は、カッチカチなんだからね。通さないわよ」
まばゆい光の壁。七色にめまぐるしく色を変えるさまは、万華鏡のごとく。
「『流』」
さらに桐弥が人さし指を口もとに添え、ひとたび言霊を発すれば、湖面が波打つ。
ざばぁっ!
瞬時に巻き上がった渦が、『鬼』を飲み込んだ。
「父さま、母さま!」
「わかってる! まずは、アレを莇ちゃんから引き剥がさなきゃ。きーちゃんもはりきってがんばるのよ!」
「だれに言ってる。僕は最初から本気だ」
相手は高い知能を持ち、刀をあつかう怨霊だ。
虎尾が結界で妨害し、桐弥が術で遠距離攻撃をおこなう。
被害を最小限に食い止めるためには、それが最善策と思われた。
(けれど、莇さんの体内にある穢れの『核』を壊さないかぎり、『鬼』とは引き離せないわ)
つまり、いずれは敵のふところに飛び込み、穢れを祓う必要があるということ。
「葵葉、父さまたちが『鬼』の動きを封じてくださいます。だから、わたしたちが…………葵葉?」
戦況を注視していた鼓御前は、そこでふと葵葉の異変に気づく。
「『鬼の器』になることを望んでたって、どういうことだよ……」
「葵葉、聞こえていますか」
「こんなもの押しつけてきて……俺もう、おまえの考えがわかんないよ、莇!」
「葵葉!」
短刀を葵葉に託したということは、莇はあえて丸腰で『鬼』と対峙したということだ。
『鬼』の存在を莇が受け入れたのだと、葵葉は解釈したのだ。
「ちがいます! 聞いて葵葉、莇さんは……!」
鼓御前の言葉が続くことは、なかった。
衝撃的な光景を目にしてしまったために。
「……うぁっ!?」
突如として視界が回る。
大きく後方へ体勢をくずした葵葉は、地面に叩きつけられた。
背後から近づいた何者かが、葵葉の襟首をつかみ、投げ飛ばしたのだ。
葵葉は背中を強打した痛みに顔をしかめつつ、視線を上げる。
その先で、竜頭面をつけた男の横顔を見た。
「……立花、センセ……」
「刀をにぎれぬ者は不要です。さがりなさい」
「俺、は……」
「聞こえなかったのですか? ──邪魔です」
静かなひびきながら、千菊の声音は怒りに満ちていた。
その気迫に圧倒され、葵葉はうろたえることしかできない。
「あるじさま、わたしもいっしょに……!」
「いいえ、きみが出るまでもない」
「ですが……」
「つづ、わかっているでしょう。あの者のねらいはきみです。わざわざ危険をおかす必要はありません」
千菊は断固としてゆずらない。
鼓御前を守るため、たったひとりで立ち向かおうとしていた。
「虎尾先生、お通しいただけますか」
「いいの? 相手は手強いわよ」
「重々承知の上。手出しは無用にねがいます」
「……わかったわ」
虎尾と簡潔に言葉をかわした千菊が、ゆっくりと歩みだす。
そのまま目前に張りめぐらされていた七色の結界を、すぅ……と透過してゆく。
そこで、はっとしたように葵葉が自身の手もとを見下ろす。
短刀が、ない。いつの間にか千菊の手にわたっていたのである。
「あるじさま……どうかご無事で」
鼓御前は祈るように、胸の前で手を組む。
虎尾、そして桐弥も、固唾を飲んで戦況を見守る。
──ばしゃあああっ!
天へ突き上げるように、まっぷたつに両断される渦。
細かな水しぶきが雨のごとく打ちつけるなか、千菊は正面を見据える。
莇のすがたをした『鬼』が、ふたたびすがたを現す。
「人の子がいくら足掻こうとも、我には敵わぬ」
「御託はけっこうです。私は、無駄なおしゃべりをするつもりはありません」
チキリ。千菊が短刀の鯉口を切った刹那。
──すぱぁんっ!
十文字の衝撃波が、『鬼』を襲う。
瞬時に抜刀。
目にもとまらぬ疾さで、二連撃をくりだしたのだ。
すかさず後方へ飛びのいた『鬼』ではあるが、霊力をおびた衝撃波を完全にかわすことは難しく。
湖面へ着地するころ、右ほほから赤いひとすじがたらりとしたたり落ちた。
「ふん、小癪な」
『鬼』の嘲笑とともに、右ほほの傷が閉じてゆく。
斬っても一瞬で治癒するあやかし。
むろんそんなものは、いまだかつて存在したためしがない。
「ならば、治癒が追いつかないほどに斬り込めばよいだけのこと」
千菊は手のひらを返し、短刀をにぎり直す。
「忌々しい『鬼』よ──塵芥となれ」
ひらり。純白の袖が風になびく。
短刀をたずさえた青年は、残像となった。
すでに虎尾は行動していた。
しなやかな両手がかざされた刹那、またたく間に結界が張りめぐらされる。
「アタシ自慢の結界は、カッチカチなんだからね。通さないわよ」
まばゆい光の壁。七色にめまぐるしく色を変えるさまは、万華鏡のごとく。
「『流』」
さらに桐弥が人さし指を口もとに添え、ひとたび言霊を発すれば、湖面が波打つ。
ざばぁっ!
瞬時に巻き上がった渦が、『鬼』を飲み込んだ。
「父さま、母さま!」
「わかってる! まずは、アレを莇ちゃんから引き剥がさなきゃ。きーちゃんもはりきってがんばるのよ!」
「だれに言ってる。僕は最初から本気だ」
相手は高い知能を持ち、刀をあつかう怨霊だ。
虎尾が結界で妨害し、桐弥が術で遠距離攻撃をおこなう。
被害を最小限に食い止めるためには、それが最善策と思われた。
(けれど、莇さんの体内にある穢れの『核』を壊さないかぎり、『鬼』とは引き離せないわ)
つまり、いずれは敵のふところに飛び込み、穢れを祓う必要があるということ。
「葵葉、父さまたちが『鬼』の動きを封じてくださいます。だから、わたしたちが…………葵葉?」
戦況を注視していた鼓御前は、そこでふと葵葉の異変に気づく。
「『鬼の器』になることを望んでたって、どういうことだよ……」
「葵葉、聞こえていますか」
「こんなもの押しつけてきて……俺もう、おまえの考えがわかんないよ、莇!」
「葵葉!」
短刀を葵葉に託したということは、莇はあえて丸腰で『鬼』と対峙したということだ。
『鬼』の存在を莇が受け入れたのだと、葵葉は解釈したのだ。
「ちがいます! 聞いて葵葉、莇さんは……!」
鼓御前の言葉が続くことは、なかった。
衝撃的な光景を目にしてしまったために。
「……うぁっ!?」
突如として視界が回る。
大きく後方へ体勢をくずした葵葉は、地面に叩きつけられた。
背後から近づいた何者かが、葵葉の襟首をつかみ、投げ飛ばしたのだ。
葵葉は背中を強打した痛みに顔をしかめつつ、視線を上げる。
その先で、竜頭面をつけた男の横顔を見た。
「……立花、センセ……」
「刀をにぎれぬ者は不要です。さがりなさい」
「俺、は……」
「聞こえなかったのですか? ──邪魔です」
静かなひびきながら、千菊の声音は怒りに満ちていた。
その気迫に圧倒され、葵葉はうろたえることしかできない。
「あるじさま、わたしもいっしょに……!」
「いいえ、きみが出るまでもない」
「ですが……」
「つづ、わかっているでしょう。あの者のねらいはきみです。わざわざ危険をおかす必要はありません」
千菊は断固としてゆずらない。
鼓御前を守るため、たったひとりで立ち向かおうとしていた。
「虎尾先生、お通しいただけますか」
「いいの? 相手は手強いわよ」
「重々承知の上。手出しは無用にねがいます」
「……わかったわ」
虎尾と簡潔に言葉をかわした千菊が、ゆっくりと歩みだす。
そのまま目前に張りめぐらされていた七色の結界を、すぅ……と透過してゆく。
そこで、はっとしたように葵葉が自身の手もとを見下ろす。
短刀が、ない。いつの間にか千菊の手にわたっていたのである。
「あるじさま……どうかご無事で」
鼓御前は祈るように、胸の前で手を組む。
虎尾、そして桐弥も、固唾を飲んで戦況を見守る。
──ばしゃあああっ!
天へ突き上げるように、まっぷたつに両断される渦。
細かな水しぶきが雨のごとく打ちつけるなか、千菊は正面を見据える。
莇のすがたをした『鬼』が、ふたたびすがたを現す。
「人の子がいくら足掻こうとも、我には敵わぬ」
「御託はけっこうです。私は、無駄なおしゃべりをするつもりはありません」
チキリ。千菊が短刀の鯉口を切った刹那。
──すぱぁんっ!
十文字の衝撃波が、『鬼』を襲う。
瞬時に抜刀。
目にもとまらぬ疾さで、二連撃をくりだしたのだ。
すかさず後方へ飛びのいた『鬼』ではあるが、霊力をおびた衝撃波を完全にかわすことは難しく。
湖面へ着地するころ、右ほほから赤いひとすじがたらりとしたたり落ちた。
「ふん、小癪な」
『鬼』の嘲笑とともに、右ほほの傷が閉じてゆく。
斬っても一瞬で治癒するあやかし。
むろんそんなものは、いまだかつて存在したためしがない。
「ならば、治癒が追いつかないほどに斬り込めばよいだけのこと」
千菊は手のひらを返し、短刀をにぎり直す。
「忌々しい『鬼』よ──塵芥となれ」
ひらり。純白の袖が風になびく。
短刀をたずさえた青年は、残像となった。



