* * *
風がさわいでいる。
ざあざあと、木々が不安げにゆれている。
母屋を飛びだした鼓御前は、本能のままに駆け抜ける。
たどり着いたのは、『映月亭』。
茶室の入り口は戸締まりがされているため、庭のほうからまわり込む。
──パリィンッ!
なにかが割れるような音。禍々しい気配が色濃くなる。
「……瘴気」
じわりとこめかみに汗がにじみ、心臓がばくばくと嫌な音を立てた。
鼓御前は息をのみ、慎重に歩を進める。
やがて、一気に拓ける視界。
まばゆいほどに夕焼けを反射する湖面が、一面にひろがる。
「……あれは!」
鼓御前は反射的に空を見上げる。
燃えるような赤い空に、ひび割れた箇所がひとつ。
九条家を守る結界が破られたのだ。
陽炎のようにゆらぐその割れ目から、現れる影がある。
ふわり。
音もなく少年が湖面に降り立ち、水面に波紋をひろげる。
浅葱の差袴に、白衣をまとった少年。
彼の様子は、今朝方言葉をかわしたときとは一変していた。
「……莇さん」
鼓御前の呼びかけに、少年──莇はゆらりと顔を向ける。
黒曜石のような瞳は、一切の光をやどさない。
さらには黒いもやのようなものが全身にまとわりつき、その右手は刀のようなものがにぎられている。
太刀にも見えるが、黒く煙る実態のない刀だ。
おそらく瘴気の集合体だろう。
「莇さんに取り憑いたのですね……『墓荒らしの鬼』」
「いかにも。この者は、わが『器』ゆえ」
鼓御前を見つめ返した莇、いや『鬼』は、くちびるでゆるりと弧を描く。
「この者も、それを望んでいたようだが?」
「どういうことだ……おまえ、なにを言ってる!?」
桐弥、虎尾、そして葵葉が駆けつける。
とくに、瘴気につつまれた莇を目の当たりにした葵葉の動揺が激しい。
「言葉のとおり。この者はわが依代となるべく生まれてきた。これはそのあかし」
見せつけるように、『鬼』が首の痣をさし示す。
「そんな……じゃあ鬼塚が呪われてるってのは」
「失礼ですが」
呆然と言葉を失う葵葉をよそに、鼓御前は一歩ふみだす。
「そのお顔、そのお声で、話しかけるのはやめていただけますか? ──虫唾が走ります」
「姉、さま……?」
この場において、鼓御前は戦意を喪失してはいなかった。
むしろ葵葉も見たことがないほど激高して、『鬼』を睨みつけていた。
「つづちゃんに嫌われてるってまだ自覚できないの? 救いようのないストーカー野郎ね」
「のこのことやってきて、ただで済むと思うなよ」
虎尾、桐弥が『鬼』の前に立ちはだかる。
「ふん……威勢だけはいいことだ」
それを、『鬼』は鼻で笑い飛ばすだけ。
「ならば望みどおり、斬り捨ててやろう」
ゆらり……『鬼』が手にした黒い太刀が、不気味にゆらぐ。



