御刀さまと花婿たち

「──待て!」

 時をおなじくして、九条家の屋敷内にあわただしい足音がひびきわたる。
 桐弥(きりや)の声だ。
 ここまで声を張りあげるのはめずらしい。
 虎尾は思わず腰を浮かせる。

「おい小僧、待てと言っているだろう、怪我してるんだろうが!」
「そんなことどうでもいい! (あね)さまに会わせてくれ!」

 桐弥の制止をふりきるようにして、葵葉(あおば)がすがたを現す。
 そうして鼓御前を映した常磐色(ときわいろ)の瞳は、大きくゆれ動いていた。

「葵葉──」
「……姉さまっ!」

 脇目もふらず駆け寄ってきた葵葉が、鼓御前に飛びつく。

「姉さま、どうしよう、俺……ごめんっ!」

 明らかに、葵葉は取り乱していた。

「落ち着いて。大丈夫だから、なにがあったのか話してごらんなさい」

 鼓御前はつとめて冷静に声をかける。
 背を何度かさすられるうちに落ち着いてきたのか、葵葉が暗い面持ちで顔をあげる。

「これ……」

 葵葉がひと振りの短刀をさしだす。
 その刀は、鼓御前も見おぼえがあった。

「莇さんの短刀ですね。……どうしてこれを?」
「いきなりわたされて……そしたら今度はぶん殴ってきて、気絶させられた。もうわけわかんないよ……!」

 突然のことながら、葵葉もとっさに応戦したのだろう。
 顔には数か所打撲痕があり、(かんなぎ)の装束もところどころが土で薄汚れている。

「あいつ、また変なこと考えてるんじゃないか……どうしよう姉さま、俺、莇のこと止められなかった……!」
「莇が……? どういうことですか、いまなんとおっしゃいましたか、葵葉さま!」

 ただならぬ状況を察したひなが、駆け寄ってくるも……

 ──ゴーン、ゴーン、ゴーン!

 けたたましい鐘の音が鳴りひびく。

三度(みたび)鳴る鐘──『逢魔の鐘』だと。こんなときに」

 桐弥は舌打ちをすると、虎尾を見やる。

「場所は」
「ちょっと待ってね」

 まぶたを閉じた虎尾が、ひとつ息を吐く。

 リィン──……

 おもむろに虎尾が持ちあげた右手の指先に、ほのかに光る五芒星の陣が出現した。

「確認できる瘴気反応は、一体」

 くるくると時計回りに回転する陣が、あるときぴたりと止まり、赤色に発光する。
 その瞬間、虎尾が血相を変えて桐弥をふり返った。

「まずいわ、結界を壊される。『鬼』がやってくるわ!」
「総員戦闘準備! 非戦闘員は一か所に集め、屋敷の奥に避難させろ!」

 桐弥の号令がひびきわたる。
 だれもが衝撃を受けるなか、鼓御前が立ちあがる。

「行かなければ」
「待てっ、姉さま!」

 葵葉の制止もむなしく。
 長い黒髪をなびかせて、鼓御前はあっという間に茜の景色の向こうへ消えてしまった。

「ぼさっとするな小僧!」
「つづちゃんを追うわよ、あおちゃん!」

 すぐさま、桐弥と虎尾が身をひるがえす。

「姉さままで、なんで……」

 葵葉は悲痛な表情を浮かべ、遅れて駆けだしたのだった。