御刀さまと花婿たち

 それは、春先にまでさかのぼる。

「──俺の(あね)さまだ! 姉さまを返せぇッ!」

 つんざくような絶叫が、『少女』の耳に真っ先にきこえたものだった。

「だまれ! 御刀(おかたな)さまをかどわかそうなど、言語道断!」

 どうやら黒髪の少年が、目を血走らせ暴れている。
 それを、大の男が四人がかりで押さえ込もうとしているところらしかった。
 狭苦しくほこりっぽい蔵で、なにがなんだかわからないが。

「あのう、すこしよろしいですか?」

 とりあえず『少女』は、ひざもとに落ちた鞘袋と白鞘(しらさや)から視線をあげ、挙手をする。
 そして。

「暴力はだめでしょう! こらぁーっ!」

 どんがらがっしゃん!

『少女』のかん高い声がひびき渡った刹那。
 青く澄みきった空を引き裂いて、ひとすじの稲妻が蔵に落ちた。
 当たり前だが、周辺一帯が一時停電した。


  *  *  *


「御刀さまがお目覚めになったらしいぞ!」

 そのしらせは、光のはやさで兎鞠島(とまりじま)をかけめぐった。

「『御刀さま』って、わたしのこと?」
「はい。あなたさまこそ、わが兎鞠島で知らぬ者はいない御神刀、鼓御前(つづみごぜん)さまであらせられます」

 うす焦げた蔵のある、神社の社務所に隣接した住居にて。
 とある少女がやってきた。
 きけば宮司の娘だという。
 娘は疑問符(はてな)を浮かべたまま首がもとの位置にもどらない鼓御前へ、愛嬌のある笑みを炸裂させる。

「御刀さまのお世話をおおせつかりました、ひなと申します。なんなりとお申しつけくださいませ」
「そうなのですか。ありがとう。ところで、ひなさん」
「どうかなさいましたか? 御刀さま」
「わたしはどうして、追いはぎにあっているのでしょうか?」
「お風呂の時間だから、ですね」
「やーめーてーっ!」

 ひなは萌黄(もえぎ)色の単衣(ひとえ)に、たすきがけをしている。
 それもやたらはりきった面持ちでにじり寄ってくるので、鼓御前の不安は的中した。

「御刀さまは何百年も蔵のなかにいらしたんです。お風呂で気持ちよくさっぱりして、お召しかえをしないと」
「『おふろ』って湯浴(ゆあ)みのことですよね? だめです、お湯なんかに長時間浸かったら錆びてしまいます!」
「あっ、いけません、御刀さま!」
「ごめんなさいっ!」

 本能だった。
 鼓御前はひなをかわし、脱兎のごとく脱衣所をあとにする。

「っとと! むずかしいんですね、走るのって!」

 どうも足がもつれてしまう。
 なんとか持ち直した鼓御前は、左右の足で交互に駆ける。
 縁側を疾走すれば、やがて庭が見えてきた。

(外だわ!)

 鼓御前は裸足であることも忘れ、たんっとふみきる。
 そこに、人影があったことにも気づかずに。