御刀さまと花婿たち

 万物には、神がやどるという。
 あの少女は、太刀にやどった『天鼓丸』なのだ。
 蘭雪はそう信じ、肌身離さず持ち歩いた。
 ……そのころには、手放したくないと思うようになっていた。

(けれど……この子は家族を想って泣いていた)

 ほんとうは、刀匠(おや)のもとに帰りたがっていたのだろう。
 それなのに蘭雪が未練がましく手放さずにいたから、こんなことになってしまった。

(私は……もうすぐ死ぬ)

 敵に百の兵を放たれた。
 頭角を現していた蘭雪も、まだいくさの経験が浅い十六の若者。
 押し寄せる兵を相手に、しだいに消耗し、追い込まれていった。

(約束も、守れずに……情けない)

 おのれの命など、どうでもよかった。
 それよりも、おのれが死ぬことで、まただれとも知れぬやからに彼女をぞんざいにあつかわれることが、耐えられなかった。

(あぁ、きみだけはどうか、無事で……!)

 最後の気力をふりしぼり、蘭雪は手を伸ばす。
 その刹那。真っ青な空を、雷鳴が引き裂いた。

『あるじさまに、さわらないで……!』

 蘭雪は信じられない光景を目にした。
 夢で見た少女が目前に現れたかと思うと、白い閃光に目がくらむ。
 竜の咆哮のような雷鳴が轟く。
 次に蘭雪が目をあけたとき、敵のすがたはなく、静まり返っていた。

「……天鼓丸!」

 はっと我に返った蘭雪は、傷の痛みも忘れ、『天鼓丸』に駆け寄った。
 焦げたにおいがする。
 地面に投げだされた『天鼓丸』の刀身が、焼けてしまっていた。

「まさか……私をかばって」

『天鼓丸』が雷を呼んだ。
 蘭雪にかわって、その身に稲妻を受けたのだ。
 晴れた夏の空に、突如として轟いた雷鳴。
 竜の怒りだと、だれかが叫んでいた。
 そして敵は恐れをなし、ひとり残らず逃げだしたのだ。

「身をていして、私を守ってくれたのですね……!」

 疑いようもなかった。
 蘭雪は焼けた太刀を腕にいだき、はらはらと涙を流す。

「ごめんなさい、私が無力なせいで……私には、どうしてあげることもできない……」

 深い(きず)を負ってしまった刀のために、なにもできない。

「どうすれば、きみを助けられますか……?」

 どうすれば、この痛々しい疵を癒やすことができるのだろうか。
 嘆いたところで、武士でしかない蘭雪にできることはないのだけれど。

「──やっと見つけた……天姫さま」

 ふいの声。はじかれたように蘭雪はふり返る。
 いつの間にだろう。背後に人影があった。

「……あなたは?」

 蘭雪は慎重に問う。
 男は蘭雪をじっと見つめたのち、静かに口をひらいた。

「わたしは刀鍛冶です。その『天鼓丸』は、わたしのたいせつな方が打った刀」
「──!」

 男は真実を言っている。蘭雪は直感した。
 自身の持つ太刀に『天鼓丸』という銘が切られていたことは、この場において、蘭雪しか知らなかったはずだから。

「わたしが、その子を治します」

 刀鍛冶だという男の申し出を、蘭雪は断るまでもなかった。