御刀さまと花婿たち

「歯がゆくてしょうがないって感じだな」

 さんさんと照りつける太陽のもと。
 木もれ陽がそよぐ林道で、葵葉は目前を歩く千菊の背に言葉を投げかける。
 返答はない。
 土をふみしめる音が聞こえるだけ。
 葵葉はため息をつき、言葉を続ける。

「莇の先祖があんたの家来だったって話。正直おどろいたけど、考えてみたらしっくり来るんだよな」

 虎尾が語ったひとりの青年について。
 葵葉も、すこしだが知っていることがあった。

「矢一って、たしかあんたがひろったひとだよな」

 さくり。
 草をふむ音がして、千菊が足を止める。
 それからたっぷりの沈黙をはさんで、口をひらいた。

「そうです。家族を殺され、天涯孤独となっていたところを、私がむかえ入れました」

 蘭雪が『鳴神将軍』として名をはせ始めたころ。
 敗走していた敵軍の兵が、民家を襲う強盗事件を起こしていた。
 武士にあるまじき卑劣な行為である。
 怒り心頭の蘭雪は、みずから残党の討伐におもむき、そこで矢一と出会ったのだ。

「罪なきひとびとの命が、脅かされてはなりません」

 蘭雪は慈悲深い性分だった。
 家族を失った矢一を不憫に思い、家臣として召し上げた。
 矢一も蘭雪に恩を返すため、よく仕えた。
 弟というには年がはなれ、子というには年が近い矢一は、蘭雪にとってしだいになくてはならない存在になってゆく。

「俺も……なんとなくだけど、そのひとのこと、おぼえてる」

 なぜなら蘭雪のたのみを受け、彼の死後に鼓御前と青葉時雨をともに墓に埋めた人物こそが、矢一なのである。
 その手にふれ、そのこころにふれたからこそわかる。
 矢一が蘭雪を尊敬していたことは、葵葉にやどった魂の記憶にもきざまれている。
 御刀さまに忠誠をつくす莇の性格は、矢一のそれを引き継いでいるのだろう。

「私がいなくなったあとに、なにが起きたのですか……矢一」

 矢一がいつ、どのような経緯で鬼塚を名乗るようになったのか。
 そのことも含め、鬼塚に関するすべての情報は、厳重に規制がなされている。
 血縁者でもないかぎり、情報を閲覧することは叶わないだろう。
 この件に関して、千菊にはなすすべがない。
 だからといって、このまま指をくわえて見ていろとでも?
 ──冗談じゃない。

「必ずや、報いてみせます。逃がしはしません」

 鬼の首を、獲ってみせる。
 そのために、おのれのすべきことをするのみ。
 こころに固く誓って、千菊は歩みだす。

「無理はすんなよ……莇」

 葵葉は来た道をふり返り、木もれ陽の向こう側へ思いをはせた。