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「そういえばアタシ、死にかけてたわね」
寝起きに一撃をおみまいされ、目がさめたのだろう。
布団から上体を起こした虎尾が、他人事のようにつぶやいた。
「まぁでも、あんまり気にしなくていいわよ。首を飛ばされるか、心臓をひと突きされないかぎりは、アタシ死なないから」
「それはおまえが、千年あまりを生きるあやかしだからか」
「そういうこと」
桐弥の問いにはためらいがない。
虎尾も、そんな桐弥にごまかしはきかないと理解していたのだろう。
かしこまったように居住まいをただし、深々とこうべを垂れる。
「わたしは、平安の世から生きる九尾の狐。そしてお察しのとおり、紫榮さまに命を救っていただいた狐でございます」
「まぁ……」
薄々ながら、鼓御前も違和感をおぼえてはいた。
以前、桐弥との特訓で負傷した葵葉と莇を一瞬で治療したことからもわかる。
虎尾は、驚異的な治癒能力をもつあやかしなのだろう。
「『狐の生き肝は万病にきく』だなんて、追いまわされていたこともありまして。まぁ否定はしませんし、肝も再生はするんですけれど……生きたまま内臓の一部をえぐりだされるのって、めちゃくちゃ痛いのでやめてほしいんです」
鼓御前、そして桐弥は絶句する。
さらりと言ってのける虎尾の言葉が、あまりに衝撃的すぎて。
「そんなこんなで、人間不信に陥っていたわたしではありますが……紫榮さまにひろっていただきました。それだけでなく、手当てまでしていただいて。命を救われ恩を感じるのは、当然でございます」
「僕のところに突然やってきた刀鍛冶の男も、おまえだな」
「はい、そうです。すこしでも紫榮さまにお力になれたらと思い、人に化けました」
虎尾の口から語られるごとに、点と点が線となってつながってゆく。
「しかしながら、紫榮さまが病床に伏せられたあとは、なすすべがなく……それから輪廻の果てにふたたびお会いできる日を信じ、千年ものあいだ、紫榮さまの魂をおさがししておりました」
「そうだったのですね……」
なんと一途なことだろう。
虎尾の想いに胸が熱くなる一方で、鼓御前はふと疑問をおぼえた。
「それでは、どうしてわざわざ陣さまとお名乗りに? 鞘師のご夫婦を怖がらせる必要は、なかったのでは?」
紫榮の魂をやどした桐弥を見つけ、九条家とかかわりの深かった鞘師の家系に目をつけた理由はわかる。
ただ、虎尾に対する夫婦の怯えようは尋常ではなかった。
「情を感じてもらっては、困るからですよ」
「……と言いますと?」
「わたしはあやかしで、彼らはひと。こちらは利用するだけ利用していつかは消えるつもりなのに、記憶に残されては困るんです」
だから生後間もない息子を亡くして失意の底にいる夫婦を脅し、その息子である陣になりすましてやったのだという。
嫌な思いをさせれば、夫婦もじぶんのことを忘れたがるだろうと思ったから。
「はなから存在しない虎尾の名を騙った理由は。僕に近づくためであれば、陣だけで充分だったろう」
「それに関しては、わたしのわがままと言いますか」
「……わがままだって?」
「お仕えする以上、桐弥さまに無理強いはしたくありません。ですが桐弥さまはごじぶんをたいせつになさらないので、ある程度物を申す存在も必要と判断しました」
つまり、桐弥に付き従うのが陣。
もしものときはぶん殴ってでも寝かしつけるのが、虎尾の役割だったということだ。
「陣と虎尾。どちらがわたしなのかと問われますと、どちらもわたしでございます」
虎尾はにっこりと笑う。
一見して正反対のふたりだが、桐弥を気遣う気持ちはおなじ。
どちらも彼の一部なのだ。



