御刀さまと花婿たち

「やっとおでましね──このストーカー野郎!」

 そして鼓御前は、信じられない光景を目の当たりにした。
 虎尾が、じぶんと桐弥を背にかばうように、立ちふさがる光景だ。

 ──ガキィンッ!

 重い衝突音がひびく。
 そこでようやく、鼓御前は背後に忍び寄る影の存在を認識した。
 顔に血の気のない男。病衣をまとい、その手には黒いもやのような刀をにぎっている。
 虚ろな表情の男がくり出した斬撃は、届くことはなかった。
 虎尾が両手をかざし、張りめぐらせた結界に阻まれて。

「花ちゃんおねぇさま、これはいったい……!?」
「アレは『鬼』よ。めちゃくちゃ危険なやつ。いいこだから、そこでじっとしてて」

 口早に告げた虎尾が、おもむろに両腕をひろげる。

「いいでしょう、こちらも出し惜しみはしません」

 すこしばかり低い声音と口調は、『陣』のもので。

 ひゅおうううっ!

 つむじ風が吹きすさぶ。
 あまりの勢いに目をつむった鼓御前は、恐る恐るまぶたをひらき、息をのむ。
 そして、桐弥も。
 まばたきのうちに、虎尾のすがたが豹変していたのだ。
 さらりと風になびく、長い紫紺の髪。桐弥と対になるような、純白の狩衣。
 そして驚くべきは、人ならざる獣の耳と九本の尾をもっていたこと。
 彼からにじみ出る気配は、ひとのそれではない。あやかしのものだ。
 それも、何百、何千年もの時を生きた大妖の。

「これぞ、わが真のすがた。わたしの命にかえても、この御方たちは傷つけさせません」

 九尾の狐。
 それは、伝説に登場する架空の存在だった。
 このとき、こうして目にするまでは。

「おまえは、やっぱり──」

 すべてを理解した桐弥の胸に、熱が、想いがあふれる。

「怨霊よ、その悲しき魂とともに、冥府へお帰りなさい!」

 ざあざあと、木々がざわめく。
 虎尾の声に呼応して、風が起こるのだ。
 男は刀を地面に突き立て、吹きつける暴風にあらがう。

「グ……ウォオオオッ!」

 だが目を血走らせた男が獣のような咆哮をひびかせながら刀を抜き去り、力まかせに投げ放つ。

「だめ……っ!」

 鼓御前の悲鳴のような制止は、意味を成さない。

 ──ガキィインッ!

 ふたたび、衝突音がひびきわたる。
 激しく散る火花。
 黒いもやをまとった刀は減速することなく、結界に衝突する。
 ピシリと、ひびの入る音が聞こえた。

「……わたしが、守る」

 それでも虎尾は、頑としてその場から動こうとはしなかった。

 ──パリィンッ!

 ついに、結界が崩壊する。
 虎尾は、桐弥と鼓御前を背にかばったままで。

 ぴしゃあっと、赤い飛沫が宙を舞う。
 鋭いきっさきが深々と腹に突き刺さっても、虎尾は正面から目を離さない。

「──消えろッ!」

 ゴウッ!
 かざされた虎尾の手のひらから、炎が放たれる。
 風に煽られたそれは見る間に燃え上がり、男を飲み込んだ。

「ギャアアアッ!!」

 断末魔が夜を引き裂く。
 苦しみ悶えていた男は、炎にまかれたまま、背を向けて走りだす。

「追えっ! 逃がすな!」

 竜胆の一声により、覡たちが駆けだした。
 禍々しい気配が消え去ると、鼓御前ははっと我に返る。

「花ちゃんおねぇさま、ご無事ですか!?」

 よろめく虎尾のもとへ駆け寄る。
 とっさにからだを支えるものの、状況は深刻で。

「ごめん、ね……もうちょっと、上手くやるはず、だったんだけど……」

 シュウウ……と、腹に刺さった刀が消え失せる。
 (くさび)を失った傷口からどぷりと血液があふれ、白い衣に赤黒いしみをにじませた。

「でもまぁ……あなたたちが無事なら、よかっ、た……」

 薄い笑みを浮かべた直後、虎尾がくずれ落ちる。

「花ちゃんおねぇさまっ!」

 抱きとめようとした鼓御前の腕をすり抜け、虎尾はとさりと地面へ転がった。
 やがて、すぅ……と青年のすがたが薄れ、かわりに一匹の狐が現れる。

「──風汰っ!」

 血を流してぐったりと横たわる狐へ、桐弥は夢中で駆け寄るのだった。