御刀さまと花婿たち


  *  *  *


 ぱちぱちと、篝火がゆれる。
 いつしか、雅楽の音色は鳴り止んでいた。
 じっと闇に目をこらす桐弥。
 次の瞬間には、ひざからくずれ落ちていた。

「……はぁっ! はっ、はぁっ!」
「大丈夫ですか、父さま!」

 すぐさま刀から少女へすがたを変えた鼓御前が、桐弥を抱きとめる。
 すごい汗だ。
 なかなか呼吸もととのわない。
 かなりの霊力を消費したのだろう。

「どうか無理はなさらず」
「……あぁ……」

 ぜぇはぁと、桐弥は肩で呼吸をくり返す。
 しだいに落ち着きを取りもどす桐弥を前にして、鼓御前は目頭が熱くなった。

「父さまはすごいです……夜が明ける前に、〝(ヤスミ)〟をぜんぶ祓うなんて!」

 歴代の舞い手が一晩かけて成し遂げたことを、夜明けを待たずしてやってのける。
 これを偉業と言わずして、なんとするのか。

「僕ひとりじゃ、できなかった。……おまえがともに闘ってくれたから、僕も闘い抜くことができた……天」

 桐弥は紫水晶の瞳を細め、鼓御前の肩にもたれかかる。
 その面持ちは、誇らしげだった。

「桐弥……」

 息子へ声をかけようとした竜胆が、はっと身じろぐ。
 桐弥と鼓御前が寄り添う舞台に、ひゅう……と、どこからか風が舞い込んだ。

「──!」

 何者かの気配を感じ、はじかれたように桐弥が顔をあげる。
 そして、鼓御前も。

「こんばんは」

 目前に、突如としてすがたを現した人影がひとつ。
 癖のある紫紺の髪に、唐茶色の瞳。
 紅に色づいたくちびるでゆるりと笑む、青年だ。

「花ちゃんおねぇさま……」

 桐弥をささえる鼓御前の腕が、わずかに強ばる。

「あのひとっ、どの面下げてここに……っ!」
「待ちなさい、葵葉」

 思わず踏みだそうとした葵葉を、千菊が制する。

「まだ終わってはいません。動かないで」
「立花先生、それはどういうことですか?」

 つとめて平静を保ちながら、莇が問う。
 しかし千菊は答えない。

「この、裏切り者が……!」

 覡のひとりが、刀の柄に手をかけた状態で踏みだす。
 それでも青年、虎尾は、微動だにしなかった。
 唐茶色の瞳で、桐弥と鼓御前を見つめるのみで。

「やっと……ようやくね。この日を何百年待ち続けていたことか」
「貴様、なにを言っている……?」

 うわごとのようにつぶやいた虎尾は、鋭く細めたまなざしで覡をふり返る。

「死にたくなければ、下がっていなさい」
「な……ぐわぁっ!?」

 びゅおう! 突風が吹き抜け、覡を吹き飛ばす。

「よくもっ……!」

 この場に集結した覡たちが、各々の得物(えもの)に手をかけたそのときだ。

「っ! みな下がれ! 来るんじゃない!」

 怒号のような桐弥の一声がひびきわたる。

「父さま……」

 そしていまだ状況を理解できずにいる鼓御前に、桐弥が覆いかぶさろうとしていて。

「──ッ!?」

 かすかに蠢く瘴気。
 その存在を鼓御前が察知するころ。

 一陣の風が、舞台を吹き抜けた。