御刀さまと花婿たち


  *  *  *


 むかしを思いだした。
 いまとなってはおぼろげな、遠いむかしの記憶だ。

『……うぅ……とうさま、かあさま……なんで……』

 両親(おや)に捨てられた幼少期。
 さみしくて、心細くて、幾夜も泣き明かした末に、涙を枯らしてしまったこと。

『はぁ……おまえみたいに無愛想なやつの面倒を見ろって? 勘弁してくれ』

 あてもなくやってきた京のみやこで、早々に兄弟子(あにでし)から見放されたこと。

『刀を、打ちたいんだろう?』

 それでも、師には見捨てられなかったこと。
 すべてが、過ぎ去った記憶だけれど。
 ひとつだけ、鮮明に思いだすことのできる出来事がある。

『わたしに、お手伝いをさせていただけないでしょうか』

 名も知らぬ男と、夜どおし刀を打ち続けた記憶。
 あの夢のようなひとときは、魂にきざまれた記憶だ。

『天鼓丸、おまえは僕が打った最高の刀だ。おまえがいれば、きっと──』

 無名の刀鍛冶がいだいたねがいは、叶うことはなかったけれども……それでも。

(僕はいま、ここにいる。いまこのときを、生きている)

 人知れず息絶えた男の魂が、永い時をへて生まれ変わったのなら。
 それはきっと、成すべきことを成すために生まれてきたのだ。
 叶えられなかったねがいを、今度こそ実現するために。



 どれほどのあいだ、舞い続けていたろうか。
 夜が深まるにつれ、おびただしいほどの〝(ヤスミ)〟が荒波のように押し寄せる。

「……はっ、はっ……」

 桐弥の呼吸にも、乱れが生じていた。
 息をつく間もなく、何時間も〝(ヤスミ)〟を斬り伏せている状態だ。
 鼓御前の神気によって肉体強化をしていても、穢れの浄化は霊力が必要となる。
 休むことなく刀をふるい、同時に指先から霊力を注ぎ込んで御刀さまの浄化をおこなっている桐弥の消耗は、尋常ではなかった。

 斬っても斬っても、終わりが見えない。
 けれど桐弥は、舞い続けなければならなかった。
 笛と太鼓の音が続くかぎり。
 この深い夜が、明けないかぎり。

「……あきらめる、ものか」

 上空には、一つ目の鴉が。背後には、草影から這いよる大蛇が。

「ぜったいに、あきらめない……」

 極限状態のなか、もはや気力だけで意識を保っていた。
 それでも倒れないのは、なんとしても果たしたいねがいがあるから。

「僕は生きる……こいつといっしょに!」

 桐弥はぐっと、柄をにぎりしめる。
 持てる力のすべてを注ぎ込むようにして。

「だれも傷つかない未来を、生きて見届ける!」

 闇を切り裂く一閃。両断された鴉と大蛇が、煙のように立ち消える。
 かけがえのないひとたちとともに、生きたい。
 その想いだけを胸に、桐弥は舞っていた。
 くるくると舞い踊るたび、周囲に灯った橙の光が、勢いを増してゆく。
 それはまさに、燃えさかる炎のごとく。

「──僕は、生きるんだ!」

 真紅の袖がひらめき、闇夜に刀の残像がおどる。
 その直後だった。ぼうっとふくれあがった無数の炎が、一点へ集束し──
 燃える翼をもった、火の鳥へとすがたを変えた。

「朱雀……いや、あれは……」

 だれもが息をのむなか、竜胆はその光景を目に焼きつける。

「桐は、鳳凰(ほうおう)の止まり木。……よくぞここまで……桐弥っ!」

 こみ上げる熱によって、竜胆がそれ以上の言葉をつむぐことは、叶わなかった。

「僕が、この夜を終わらせてやる」

 くるりと真紅の袖をひらめかせた桐弥が、漆黒のきっさきを天へ突き上げる。
 と同時に、鳳凰が飛び立つ。
 燃えさかる翼が炎のうずを巻き起こし、押し寄せる〝(ヤスミ)〟を、またたく間に飲み込んだ。
 ──一匹のこらず。