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青々と木の葉がそよぐ葉月の夜。
ゴーン……と、鐘の音がひとたび鳴りひびく。
月が隠れる新月の夜は、すべてが闇におおわれる。
兎鞠島の中心部。
島の全域を見下ろすことのできる高台に、神楽殿がある。
暗がりのなか、ぱちぱちと火の燃えさかる音がひびく。
四方を篝火にかこまれた場所こそ、神楽の奉納を行う舞台。
そこに、神楽鈴を手にした少年、桐弥がたたずんでいた。
『奉納祭』の神楽は、例年どおりに執り行う。
その言葉をたがえることなく、この日をむかえた。
篝火が焚かれた舞台の外側を、大勢の覡たちが取りかこむ。
竜胆や千菊といった御三家の者はもちろんのこと、葵葉や莇など、年若い少年らのすがたもあった。
みな舞台上を注視し、事の行く末を見守る。
舞い手である桐弥は、金糸で朱雀の刺繍がほどこされた真紅の狩衣をまとい、頭には烏帽子を身につけていた。
しんと静まり返った闇夜に、龍笛が鳴りひびく。
そして動くもののない静寂を、太鼓の音が打ち破った。
──しゃらん。
雅楽にあわせ、鈴の音が奏でられる。
神楽鈴を手にした桐弥は、真白い足袋で滑るように舞台の端から端へ移動する。
四方を祓い清めることで、『神降し』の準備がととのう。
舞台の中央には、刀掛けにおさまったひと振りの刀があった。
夜空のように澄んだ漆黒の刃をした、脇差だ。
しゃらん、しゃらん。
鈴の音がひびくさなか、ぽう……と淡い光が灯る。
桐弥の周囲に現れたそれは、あたたかな橙色のかがやきを放っており。
すぅ──
橙の光が、漆黒の刃に溶け消える。
刹那、まばゆい光があたりを照らした。
やがて刀があった場所に、少女がすがたを現した。
艷やかな黒髪を結い、緋袴に千早をまとった少女。
彼女こそが、この島で祀る御刀さま、鼓御前だ。
舞台の中央に座した鼓御前は、まぶたを閉じたまま、身じろがない。
龍笛と太鼓、そして神楽鈴の音がからみあうさまへ、ただ耳をすませていた。
ふいに、篝火がゆらぐ。
「……来たか」
だれかが、うなるようにこぼした。
葵葉は常磐色の瞳を細め、不規則にゆれる篝火の方角を見やる。
「……キキッ」
「ケケケッ!」
闇の向こうから、黒いもやをまとったねずみのようなものが、二匹。
篝火のまわりには、目玉のようなもようの羽をひろげた蛾が集っている。
篝火のあかりと雅楽の音色につられ、島中の〝慰〟があつまりはじめたのだ。
「手出しは無用ですよ、葵葉」
「わかってるって」
釘を刺すように、千菊が葵葉へ呼びかける。
そのかたわらで、竜胆がじっと舞台を見つめていた。
「……桐弥、頼んだぞ」
祈るように、竜胆はつぶやく。
「シャアアアアッ!」
〝慰〟たちは周囲の覡には目もくれず、いっせいに桐弥へと襲いかかる。
……しゃらん。
たえず奏でられていた鈴の音が、ひとたび鳴り止む。
「諸々の禍事、罪穢を祓え給ひ、清め給え。神ながら守り給い、幸え給え」
それまで沈黙をつらぬいていた桐弥が、口をひらく。
そうして舌先でそっと転がすように、祝詞をつむぐ。
「畏み畏みをも白す──鼓御前」
鼓御前は、そっとまぶたをひらく。呼び声へ、応えるために。
「──是」
宙を舞う橙の光が、少女をつつみ込み──
ぱしり、と。
天に向かってかかげられた桐弥の左手に、ひと振りの刀がおさまった。
鮮やかな朱漆塗りの鞘におさめられた、脇差が。
「準備はいいか、天」
『もちろんでございます、父さま!』
鼓御前の力強い応答を受け、桐弥はいま一度刀をにぎり直す。
呼吸をととのえたなら、紫水晶の瞳で正面をとらえ。
「来い、あやかしども。一匹のこらず葬り去ってやる」
──ザンッ!
抜刀の軌道で、襲いくるねずみの影を、薙ぎ払った。



