御刀さまと花婿たち


  *  *  *


 青々と木の葉がそよぐ葉月の夜。
 ゴーン……と、鐘の音がひとたび鳴りひびく。
 月が隠れる新月の夜は、すべてが闇におおわれる。

 兎鞠島の中心部。
 島の全域を見下ろすことのできる高台に、神楽殿(かぐらでん)がある。

 暗がりのなか、ぱちぱちと火の燃えさかる音がひびく。
 四方を篝火にかこまれた場所こそ、神楽の奉納を行う舞台。
 そこに、神楽鈴を手にした少年、桐弥がたたずんでいた。

『奉納祭』の神楽は、例年どおりに執り行う。

 その言葉をたがえることなく、この日をむかえた。
 篝火が焚かれた舞台の外側を、大勢の覡たちが取りかこむ。
 竜胆や千菊といった御三家の者はもちろんのこと、葵葉や莇など、年若い少年らのすがたもあった。
 みな舞台上を注視し、事の行く末を見守る。

 舞い手である桐弥は、金糸で朱雀の刺繍がほどこされた真紅の狩衣(かりぎぬ)をまとい、頭には烏帽子(えぼし)を身につけていた。

 しんと静まり返った闇夜に、龍笛(りゅうてき)が鳴りひびく。
 そして動くもののない静寂を、太鼓の音が打ち破った。

 ──しゃらん。

 雅楽にあわせ、鈴の音が奏でられる。
 神楽鈴を手にした桐弥は、真白い足袋で滑るように舞台の端から端へ移動する。
 四方を祓い清めることで、『神降(かみおろ)し』の準備がととのう。

 舞台の中央には、刀掛けにおさまったひと振りの刀があった。
 夜空のように澄んだ漆黒の刃をした、脇差だ。

 しゃらん、しゃらん。

 鈴の音がひびくさなか、ぽう……と淡い光が灯る。
 桐弥の周囲に現れたそれは、あたたかな橙色のかがやきを放っており。

 すぅ──

 橙の光が、漆黒の刃に溶け消える。
 刹那、まばゆい光があたりを照らした。
 やがて刀があった場所に、少女がすがたを現した。
 艷やかな黒髪を結い、緋袴に千早をまとった少女。
 彼女こそが、この島で祀る御刀さま、鼓御前だ。
 舞台の中央に座した鼓御前は、まぶたを閉じたまま、身じろがない。
 龍笛と太鼓、そして神楽鈴の音がからみあうさまへ、ただ耳をすませていた。

 ふいに、篝火がゆらぐ。

「……来たか」

 だれかが、うなるようにこぼした。
 葵葉は常磐色の瞳を細め、不規則にゆれる篝火の方角を見やる。

「……キキッ」
「ケケケッ!」

 闇の向こうから、黒いもやをまとったねずみのようなものが、二匹。
 篝火のまわりには、目玉のようなもようの羽をひろげた蛾が(たか)っている。
 篝火のあかりと雅楽の音色につられ、島中の〝(ヤスミ)〟があつまりはじめたのだ。

「手出しは無用ですよ、葵葉」
「わかってるって」

 釘を刺すように、千菊が葵葉へ呼びかける。
 そのかたわらで、竜胆がじっと舞台を見つめていた。

「……桐弥、頼んだぞ」

 祈るように、竜胆はつぶやく。

「シャアアアアッ!」

(ヤスミ)〟たちは周囲の覡には目もくれず、いっせいに桐弥へと襲いかかる。

 ……しゃらん。

 たえず奏でられていた鈴の音が、ひとたび鳴り止む。

「諸々の禍事(まがごと)罪穢(つみけがれ)を祓え(たま)ひ、清め給え。(かむ)ながら守り給い、(さきわ)え給え」

 それまで沈黙をつらぬいていた桐弥が、口をひらく。
 そうして舌先でそっと転がすように、祝詞をつむぐ。

(かしこみ)み畏みをも(もう)す──鼓御前(つづみごぜん)

 鼓御前は、そっとまぶたをひらく。呼び声へ、応えるために。

「──(よろしい)

 宙を舞う橙の光が、少女をつつみ込み──
 ぱしり、と。
 天に向かってかかげられた桐弥の左手に、ひと振りの刀がおさまった。
 鮮やかな朱漆塗りの鞘におさめられた、脇差が。

「準備はいいか、天」
『もちろんでございます、父さま!』

 鼓御前(むすめ)の力強い応答を受け、桐弥はいま一度刀をにぎり直す。
 呼吸をととのえたなら、紫水晶の瞳で正面をとらえ。

「来い、あやかしども。一匹のこらず葬り去ってやる」

 ──ザンッ!

 抜刀の軌道で、襲いくるねずみの影を、薙ぎ払った。