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至急のしらせを受け、九条家に相次いで訪問客があった。
ひなは三名分の茶を用意し、『映月亭』をおとずれる。
大広間には、すでに竜胆と千菊のすがたが。
そしてもうひとり。
「なんとも頭の痛いことになりましたな、九条殿」
やせぎすで、お世辞にも体格がよいとは言えない四十すぎの男。
しかし梶の紋がほどこされた黒羽織をまとっていることから、男が一般人ではないことは明らかだ。
この場において、その男の顔をよく知る者は、ひなであった。
それはもう、嫌というほどに。
「はるばるお越しいただき恐れいりまする、神宮寺苧環殿」
神宮寺家当主、覡名を苧環。
ひなの実父である男の名だ。
「わざわざ、病床から皮肉をおっしゃりに来られるとは。けっこうなことですな」
「はるばる足を運んだというのに、御刀さまとのお目通りも叶わないのです。皮肉のひとつやふたつ、安いものでしょう」
さらりと言ってのける苧環に、竜胆は眉根を寄せる。
「鼓御前さまは体調をくずされております。どなたさまも、お通しすることはできません」
見かねたひなが、声を発する。
「そうか。では世話役であるはずのおまえは、御刀さまのおそばを離れ、何をしている?」
「……っ」
淡々とした苧環の言葉が、ひなに容赦なく突き刺さる。
「僭越ながら。ご息女は先日の件がありましたなか、御刀さまのため尽力なさっています。そのはたらきにこそ、目を向けるべきではございませんか」
「……努力だけでは、どうにもならないこともある。立花殿、稀代の天才と幼少より称されてきた貴殿には、おわかりになられないでしょうがな」
千菊が静かな声音でたしなめるも、苧環は苦々しげに一蹴するのみだ。
そうだ、ひなもわかっていた。
父がこのように融通のきかない人物であることは。
嘆息ののち、苧環が竜胆を見やる。
「では、九条殿よりおつたえいただきたい。御刀さまにおかれましては、急ぎ、お付きの覡をおえらびになられますようにと」
「──神宮寺殿」
「選定の儀は、元より『奉納祭』後にひかえておりました。その予定がすこしばかり早まるだけのこと」
この時期に、なぜ苧環が九条家をおとずれたのか。
その理由は、あえて問うまでもなかった。
「あぁ失敬。九条殿は、ご子息をたいそう可愛がられておりましたな。であれば、いまからでもわが愚息が、神楽を舞うお役目をお引き受けいたしましょうか。あれも人柱くらいにはなるでしょう」
「お父さまッ!」
気づいたときには、ひなは静寂を引き裂くような声を張り上げていた。
すぐに、痛いほどの視線を感じる。
けれどもここで引き下がるわけにはいかなかった。
「女の身でなにもできない私のことを役立たずとおっしゃるなら、理解できます。ですが、莇はちがうでしょう。あの子はだれよりも鼓御前さまのことを想って、だれよりも頑張っていました!」
得体の知れぬ痣をその身に受け、忌み子だとさげすまれ。
それでも道を違えることなく、莇は歩みを止めなかった。
そのひたむきで純粋なこころを馬鹿にすることは、けっして許せなかった。
たとえ父であろうとも。
「なぜあの子を突き放すのですか? かたくなに向き合おうとなさらないのですか!?」
すぐに、苧環は答えない。
聞き分けのいい娘がこうも反抗したことは、いままでになかったためだ。
「……兄に、似ているからだ」
「なんですって……」
「まっすぐで、曇りのないまなざし。憎らしいほど兄に似ている。……あれはいずれ、その愚直さゆえに身を滅ぼすだろう。伯父のようにな」
そうと語ったのち、苧環は黙り込む。
息苦しいほどの沈黙が、しばらくの時を支配した。
「お話はわかりました。これ以上はおからだに障りますので、本日はお引き取りください」
やがて口をひらいたのは、竜胆。
「神宮寺殿、私は部外者にすぎませぬが」
竜胆は苧環を見据え、凛とした口調で告げる。
「家族を喪った身としては、貴殿の言い分はいささか身勝手なものに聞こえます。神宮寺家当主である以前に、ひとりの父親としての役目を果たされるべきではございませぬか」
いまある家族を、たいせつにしてほしいと。
言外に訴えかける竜胆へ、苧環が言葉を返すことは、なかった。



