御刀さまと花婿たち


  *  *  *


 至急のしらせを受け、九条家に相次いで訪問客があった。
 ひなは三名分の茶を用意し、『映月亭』をおとずれる。
 大広間には、すでに竜胆と千菊のすがたが。
 そしてもうひとり。

「なんとも頭の痛いことになりましたな、九条殿」

 やせぎすで、お世辞にも体格がよいとは言えない四十すぎの男。
 しかし(かじ)の紋がほどこされた黒羽織をまとっていることから、男が一般人ではないことは明らかだ。
 この場において、その男の顔をよく知る者は、ひなであった。
 それはもう、嫌というほどに。

「はるばるお越しいただき恐れいりまする、神宮寺苧環(じんぐうじおだまき)殿」

 神宮寺家当主、覡名を苧環。
 ひなの実父である男の名だ。

「わざわざ、病床から皮肉をおっしゃりに来られるとは。けっこうなことですな」
「はるばる足を運んだというのに、御刀さまとのお目通りも叶わないのです。皮肉のひとつやふたつ、安いものでしょう」

 さらりと言ってのける苧環に、竜胆は眉根を寄せる。

「鼓御前さまは体調をくずされております。どなたさまも、お通しすることはできません」

 見かねたひなが、声を発する。

「そうか。では世話役であるはずのおまえは、御刀さまのおそばを離れ、何をしている?」
「……っ」

 淡々とした苧環の言葉が、ひなに容赦なく突き刺さる。

「僭越ながら。ご息女は先日の件がありましたなか、御刀さまのため尽力なさっています。そのはたらきにこそ、目を向けるべきではございませんか」
「……努力だけでは、どうにもならないこともある。立花殿、稀代の天才と幼少より称されてきた貴殿には、おわかりになられないでしょうがな」

 千菊が静かな声音でたしなめるも、苧環は苦々しげに一蹴するのみだ。
 そうだ、ひなもわかっていた。
 父がこのように融通のきかない人物であることは。
 嘆息ののち、苧環が竜胆を見やる。

「では、九条殿よりおつたえいただきたい。御刀さまにおかれましては、急ぎ、お付きの覡をおえらびになられますようにと」
「──神宮寺殿」
「選定の儀は、元より『奉納祭』後にひかえておりました。その予定がすこしばかり早まるだけのこと」

 この時期に、なぜ苧環が九条家をおとずれたのか。
 その理由は、あえて問うまでもなかった。

「あぁ失敬。九条殿は、ご子息をたいそう可愛がられておりましたな。であれば、いまからでもわが愚息が、神楽を舞うお役目をお引き受けいたしましょうか。あれも人柱くらいにはなるでしょう」
「お父さまッ!」

 気づいたときには、ひなは静寂を引き裂くような声を張り上げていた。
 すぐに、痛いほどの視線を感じる。
 けれどもここで引き下がるわけにはいかなかった。

「女の身でなにもできない私のことを役立たずとおっしゃるなら、理解できます。ですが、莇はちがうでしょう。あの子はだれよりも鼓御前さまのことを想って、だれよりも頑張っていました!」

 得体の知れぬ痣をその身に受け、忌み子だとさげすまれ。
 それでも道を違えることなく、莇は歩みを止めなかった。
 そのひたむきで純粋なこころを馬鹿にすることは、けっして許せなかった。
 たとえ父であろうとも。

「なぜあの子を突き放すのですか? かたくなに向き合おうとなさらないのですか!?」

 すぐに、苧環は答えない。
 聞き分けのいい娘がこうも反抗したことは、いままでになかったためだ。

「……兄に、似ているからだ」
「なんですって……」
「まっすぐで、曇りのないまなざし。憎らしいほど兄に似ている。……あれはいずれ、その愚直さゆえに身を滅ぼすだろう。伯父のようにな」

 そうと語ったのち、苧環は黙り込む。
 息苦しいほどの沈黙が、しばらくの時を支配した。

「お話はわかりました。これ以上はおからだに障りますので、本日はお引き取りください」

 やがて口をひらいたのは、竜胆。

「神宮寺殿、私は部外者にすぎませぬが」

 竜胆は苧環を見据え、凛とした口調で告げる。

「家族を喪った身としては、貴殿の言い分はいささか身勝手なものに聞こえます。神宮寺家当主である以前に、ひとりの父親としての役目を果たされるべきではございませぬか」

 いまある家族(いのち)を、たいせつにしてほしいと。
 言外に訴えかける竜胆へ、苧環が言葉を返すことは、なかった。