御刀さまと花婿たち

 そんなこんなで、『神気の供給』という名目のため、鼓御前と桐弥は毎晩欠かさず共寝《ともね》をすることになったわけである。
 抱きあって眠るだけで、鼓御前の神気は桐弥によくなじんだ。
 はじめは怪訝な反応をしていた桐弥も、数時間舞って息切れひとつしないからだの変化を実感したのだろう。
 共寝に異をとなえることはなくなった。
 変化はそれだけではない。
 すこしだが、桐弥の食事量が増えた。

「えっここにきて成長期? いいよきーちゃん、たくさん食べてぐんぐん大きくおなり!」
「僕がちびだと馬鹿にしてるのか?」

 竜胆、桐弥父子によるやり取りは、もはや九条家の名物である。

「健康ってすばらしいですねぇ、父さま」
「しみじみ言わないでくれ……」

 素朴な鼓御前の発言に、桐弥も頭をかかえるしかない。
 いまだ油断はできないものの、鼓御前たちは順調な日々を送っていた。



「……御刀さまに、お目通りをおねがいしたく」
「はい……?」

 そんなとある昼下がりのことだ。
 ひなとともに庭を散策していた鼓御前のもとへ、見慣れぬ男女がやってきた。
 竜胆よりも年は上だろうか。聞けば夫婦だという。

「わたくしどもは、九条家に代々お仕えする鞘師の家柄」
「と言いますと、はな……虎尾さま、陣さまのご家族でいらっしゃいますか?」

 鼓御前の問いに、夫婦は「えぇ……まぁ」と曖昧に返す。
 なんとも煮えきらない反応だ。

「御刀さまに、おつたえしたいことがございます。どうか、人払いを」

 桐弥は神楽の稽古に区切りをつけ、湯浴みをしているところだ。
 そのうえお付きのひなを下げるとなれば、ひとりになってしまうが……
 ここは九条家の屋敷内だ。めったなことは起こらないだろうと鼓御前は判断する。

「鼓御前さま……」
「大丈夫ですよ、ひなさん。すこしお話をしてきますね」

 いぶかしげなひなに笑いかけたのち、鼓御前は夫婦の後について庭の奥へ向かった。

「それで、わたしにお話というのは?」

 夏の陽射しをさえぎるしげみの奥。
 草葉の影に覆われたその場所で、鼓御前は問う。
 夫婦はふり返ると、まず夫が口をひらいた。

「御刀さま、どうかお聞き届けください。御身に危険が迫っております……!」
「えっ……?」
「おかしいとは思われませんか? なぜ、陣がかたくなにすがたを現さないのか……!」
「それは、人付き合いが不得手でいらっしゃるからでは……?」
「ちがいます!」

 妻が叫ぶ。悲鳴にも似た声で。

「陣は……私たちの息子は、すでにこの世にありません。存在しないのです……双子の兄と名乗る虎尾という男も、はじめから!」
「どういう、ことですか?」
「狐です……妖狐が、不吉を呼び寄せるのです!」
「ですから、先ほどからいったいなにを……」

 困惑する鼓御前。
 口々に叫ぶ夫婦は、もはや半狂乱に陥っていた。

「わたくしどもの手には負えません、あぁ、もう手遅れです!」
「あの、どうか落ち着いて──!」

 鼓御前は戸惑いつつも、夫婦をなだめようと呼びかける。

「──あら」

 ふいに、だれかの声がひびいた。

「おしゃべりのしすぎは、だ・め・よ?」

 その声は、風に乗って届く。

「あ……あぁあ……!」

 たちまち、夫婦の顔が恐怖に染まる。
 鼓御前は夫婦が凝視する先──おのれの背後を、ふり返る。

「こんにちは、つづちゃん」
「……花ちゃんおねぇさま……?」

 にっこりとほほ笑む彼は、間違いなく虎尾だ。
 見慣れた笑みであるはずなのに、背すじに寒気を感じてしまう。