* * *
呼吸が聞こえる。規則正しい寝息だ。
「ん……」
鼓御前が目を覚ますと、ぼんやりとした視界に、少年の寝顔が映る。
「父さま……」
鼓御前は桐弥の腕に抱かれていた。
床をともにするようになり、もう何日がたつか。
桐弥の胸に顔をうずめ、すりすりと甘える。
こうした朝のひとときが、鼓御前にとってのささやかなしあわせだった。
「……くすぐったい、天」
そうこうしていると、桐弥が身じろぐ。
「あ、起こしてしまいましたか? おはようございます」
「……おはよう」
桐弥はしかめっ面で、ぶっきらぼうに返す。
だが、鼓御前に腹を立てているわけでは断じてない。朝に弱いのだ。
「最近……寝起きが悪くなった気がする」
「そうなのですか?」
「仕事のときは難なく起きていた。だがおまえと寝ると……どうもな」
「それは寝起きが悪くなったというよりも、寝つきが良くなったのではないでしょうか? 父さま」
「……そういうことにしておく」
桐弥はそういって、布団から身を起こす。
鼓御前も起き上がり、「んー!」と思いきりのびをした。
「寝癖がついてる」
「あらやだ、お恥ずかしいですわ」
ふいに桐弥が髪にふれてくる。
ひとしきり指先でさらさらと黒の艶髪を梳いていたが、やがて名残惜しげに離れてゆく。
「おまえの世話役の仕事を奪ってしまうな」
「父さま?」
「僕は部屋にもどる。身支度をしてから朝食にこい」
相変わらず、桐弥の言葉は簡潔なものだ。
だがすこしだけ、やわらかなひびきをおびたように思う。
それはきっと、かたくなに閉ざされた桐弥のこころが、解きほぐされたあかしなのだ。
ぽんと頭に手を置く桐弥へ、鼓御前はまばゆい笑みを返す。
「はい、父さま!」
屈託のない笑顔を前に、桐弥もすこし、はにかんでくれた気がした。
この日も、九条家ですごす朝がはじまる。



