御刀さまと花婿たち

「だがどこから聞きつけたのか。どこぞの貴族がおまえを買いたいと話を持ちかけてきてな。当然、断った」

 紫榮は金もうけのために天鼓丸を打ったわけではない。
 窮屈な塀のなかで単なる美術品として消費されるくらいなら、神社へ奉納したい。
 そんなねがいもむなしく。
 紫榮はほどなくして流行り病にかかり……命を落としてしまった。

「それが、九条紫榮の人生すべてだ」

 おのれの出生の秘密を知り、鼓御前は息をのむ。

「だが……平和のためにおまえを打ったというのは、僕の独りよがりにすぎない」
「……それで?」
「おまえは、ひとの身を得た。おのれの意思がある。毎日くるくると表情を変えながら楽しそうにしているおまえを見ていたら、いまさら僕の傲慢を押しつけるのは筋ちがいではないか。そう思い直した。だいじな娘には……のびのび生きてほしいと思うようになったんだ」
「そう、だったのですね……」

 だから桐弥は、鼓御前を打った理由を「じぶんの傲慢」によるものなどと、こぼしていたのか。
 これが、桐弥のこころの内。秘めていた想い。
 すべてを知った鼓御前が、思うことは。

「ならば、わたしからも、父さまにわたしの気持ちをつたえさせてください」

 しゃんと背をただし、桐弥と向き合う。

「早くに紫榮さまが亡くなり……わたしは、とても悲しくて、さみしかった」

 声がふるえてしまう。
 それでも、鼓御前は懸命にのどの奥から言葉をつむぐ。
 大丈夫だ、いまなら、きっとつたえられる。

「父さまがわたしを愛してくださるように、わたしも、父さまを愛しているのです。わたしは父さまのことが大好きです。父さまがいなくなったら悲しいのです」
「天……」
「いいえ、わたしだけじゃありません。竜胆さまも、陣さまも……父さまがいなくなったら悲しむ方はたくさんいます。だから、じぶんはちっぽけだとか悲しいことはおっしゃらないで!」
「──っ!」

 桐弥の瞳が、極限まで見ひらかれる。

「父さまはもう、独りぼっちではないのですよ」

 続く鼓御前の言葉に、桐弥はうつむき、くちびるを噛む。
 前世はだれにも看取られず、短い生涯を終えた。だが。

「父さまがお望みになった平和な世を、わたしも見てみたいです。だから、いっしょに生きましょう、父さま」

 叶えられなかったねがいを、今度こそはかならず。
 たしかな意志を胸にいだき、鼓御前は桐弥の手をにぎる。

「……あぁ」

 感嘆とともに、桐弥の肩がふるえ。

「そんなことを言われたら……死にたく、なくなった」

 ぽろぽろと、紫水晶の瞳から熱があふれる。
 とめどなくあふれる涙を、桐弥も堪えることはしなかった。

「独りにして……さみしい思いをさせて、ごめん」

 桐弥は夢中で両腕をのばし、鼓御前を引き寄せる。

「おまえが好いてくれる僕を……僕も、好きになれるかな」

 余計な言葉は、もはや必要なかった。

「なれます、きっと」

 飾りけのないひと言が、桐弥の胸にかかったもやを吹き飛ばす。

「…………ありがとう」

 最後にそうつぶやき、桐弥は鼓御前の肩にもたれる。
 静かに嗚咽をもらす桐弥の背を、鼓御前はいつまでもなで続けていた。