「それからしばらくして……僕は、一匹の狐と出会った」
「狐……」
「妖狐だのなんだのと言われて、まちのやつらに追われていた」
病や災害などは、すべてあやかしや怨霊のしわざと信じられていた時代。
それが平安の世だ。
ちょうどそのころ、京では不作が続いていたらしい。
「馬鹿馬鹿しいと、心底思ったよ。だが、そうした考えの僕は、まちのやつらにとっては『変人』だったらしい」
紫榮はいっそう孤立した。
だから紫榮も、開き直って好き勝手をすることにした。
だれの目も気にする必要がないのなら、狐を一匹ひろってもかまわないだろう、と。
まちの人間に酷い仕打ちを受けた狐だが、手当てをした紫榮にはよくなついたらしい。
連日紫榮の住む山小屋へやってきては、その仕事ぶりをながめていたのだとか。
「そこで僕は、いつの間にか刀を打てるようになっていることに、気づいたんだ」
紫榮の日常に劇的ななにかが起きたとすれば、狐との出会いだ。
鎚をにぎることすら苦痛だったのに、何故。
「僕はじぶんが好きじゃなかった……みずぼらしい生まれだから。ろくに人付き合いもできない卑屈なやつだから……でも、もし僕が捨て子でなかったら?」
貧しくなければ、親に捨てられなかったかもしれない。
親の愛を受けて、すこしは素直に育ったかもしれない。
そう考えたら、じぶんを捨てた親のことを、恨むに恨めなくなった。
紫榮の親も、ほんとうは人並みに愛情をもっていたのだろう。
そうでなければ、おのれの腹を痛めて命懸けで生むなんてことができるわけがないのだ。
さまざまな考えをめぐらせるうちに、やがて紫榮は気づいた。
「ひとってのはか弱い。だから、鬼になるんだ」
「鬼……」
「病も災害も貧しさも、すべて受け入れがたいと思う。受け入れられないから、怨霊だとかなにかのせいにする。その末にこころを病んで、わが子を躊躇なく見捨てるような鬼になり下がるんだ」
紫榮が目の当たりにしたのは、ひとの脆さ。
ひとのこころの弱さが悲劇を引き起こすのだと、紫榮は気づいたのだ。
「だから僕は、刀を打ちたいと思った。ひとびとを鬼にさせない、守り刀を」
悪しきモノから守ってくれる刀。それが支えとなってくれれば、ひとびともこころを病むことはなくなるのではないか。そう考えて。
「平和のためだなんて聞こえはいいが……僕のようにさみしい思いをするこどもが、いなくなってほしいと思った」
「父さま……」
紫榮の過去が語られるほどに、鼓御前の胸が熱くなる。
不器用だけれど、ほんとうはだれよりもこころやさしいひとだったのだ。
九条紫榮という青年は。
「刀を打ち続けていたら……ある日、僕のもとを男がたずねてきた。見知らぬ男だった」
「その男性というのは、もしや……」
「あぁ……そいつは僕にひと言、『刀を打つ手伝いをさせてほしい』とだけ言った。僕も、そいつを見ていると不思議と嫌な感じがしなくて」
それからは、鼓御前も想像したとおりだった。
名も知らぬ男の相槌を受け、紫榮は夢中で刀を打ち続けた。
「そして目が覚めたら、寝床の近くに、ひと振りの太刀があったんだ。まるで、すべてが夢であったかのように」
いまとなっては、刀を打っていたときのことをおぼろげとしか思いだせない。
だが、紫榮の手もとにある太刀の感触は、たしかなものだった。
「刀が完成して、男はすがたを消していた。しつこく僕のところに押しかけてきた狐も」
遠い昔へ思いをはせるように、桐弥は紫水晶の瞳を細める。
「僕は、狐が刀鍛冶に化けて手伝いにきてくれたのだと思った。それなら、あれはただの狐じゃない。不思議な力をもった天狐なのだとも」
「てんこ……それじゃあ」
「そうだ。おまえの名は、あの狐になぞらえてつけたものだ──天鼓丸」
孤独な青年が、狐とともに打った刀。まるでおとぎ話のようだ。
「狐……」
「妖狐だのなんだのと言われて、まちのやつらに追われていた」
病や災害などは、すべてあやかしや怨霊のしわざと信じられていた時代。
それが平安の世だ。
ちょうどそのころ、京では不作が続いていたらしい。
「馬鹿馬鹿しいと、心底思ったよ。だが、そうした考えの僕は、まちのやつらにとっては『変人』だったらしい」
紫榮はいっそう孤立した。
だから紫榮も、開き直って好き勝手をすることにした。
だれの目も気にする必要がないのなら、狐を一匹ひろってもかまわないだろう、と。
まちの人間に酷い仕打ちを受けた狐だが、手当てをした紫榮にはよくなついたらしい。
連日紫榮の住む山小屋へやってきては、その仕事ぶりをながめていたのだとか。
「そこで僕は、いつの間にか刀を打てるようになっていることに、気づいたんだ」
紫榮の日常に劇的ななにかが起きたとすれば、狐との出会いだ。
鎚をにぎることすら苦痛だったのに、何故。
「僕はじぶんが好きじゃなかった……みずぼらしい生まれだから。ろくに人付き合いもできない卑屈なやつだから……でも、もし僕が捨て子でなかったら?」
貧しくなければ、親に捨てられなかったかもしれない。
親の愛を受けて、すこしは素直に育ったかもしれない。
そう考えたら、じぶんを捨てた親のことを、恨むに恨めなくなった。
紫榮の親も、ほんとうは人並みに愛情をもっていたのだろう。
そうでなければ、おのれの腹を痛めて命懸けで生むなんてことができるわけがないのだ。
さまざまな考えをめぐらせるうちに、やがて紫榮は気づいた。
「ひとってのはか弱い。だから、鬼になるんだ」
「鬼……」
「病も災害も貧しさも、すべて受け入れがたいと思う。受け入れられないから、怨霊だとかなにかのせいにする。その末にこころを病んで、わが子を躊躇なく見捨てるような鬼になり下がるんだ」
紫榮が目の当たりにしたのは、ひとの脆さ。
ひとのこころの弱さが悲劇を引き起こすのだと、紫榮は気づいたのだ。
「だから僕は、刀を打ちたいと思った。ひとびとを鬼にさせない、守り刀を」
悪しきモノから守ってくれる刀。それが支えとなってくれれば、ひとびともこころを病むことはなくなるのではないか。そう考えて。
「平和のためだなんて聞こえはいいが……僕のようにさみしい思いをするこどもが、いなくなってほしいと思った」
「父さま……」
紫榮の過去が語られるほどに、鼓御前の胸が熱くなる。
不器用だけれど、ほんとうはだれよりもこころやさしいひとだったのだ。
九条紫榮という青年は。
「刀を打ち続けていたら……ある日、僕のもとを男がたずねてきた。見知らぬ男だった」
「その男性というのは、もしや……」
「あぁ……そいつは僕にひと言、『刀を打つ手伝いをさせてほしい』とだけ言った。僕も、そいつを見ていると不思議と嫌な感じがしなくて」
それからは、鼓御前も想像したとおりだった。
名も知らぬ男の相槌を受け、紫榮は夢中で刀を打ち続けた。
「そして目が覚めたら、寝床の近くに、ひと振りの太刀があったんだ。まるで、すべてが夢であったかのように」
いまとなっては、刀を打っていたときのことをおぼろげとしか思いだせない。
だが、紫榮の手もとにある太刀の感触は、たしかなものだった。
「刀が完成して、男はすがたを消していた。しつこく僕のところに押しかけてきた狐も」
遠い昔へ思いをはせるように、桐弥は紫水晶の瞳を細める。
「僕は、狐が刀鍛冶に化けて手伝いにきてくれたのだと思った。それなら、あれはただの狐じゃない。不思議な力をもった天狐なのだとも」
「てんこ……それじゃあ」
「そうだ。おまえの名は、あの狐になぞらえてつけたものだ──天鼓丸」
孤独な青年が、狐とともに打った刀。まるでおとぎ話のようだ。



