母屋へもどってきた鼓御前が通されたのは、桐弥の私室だった。
文机や箪笥、姿見。
壁際には手入れ道具の入った鞄。
必要最低限のものしかない、殺風景な六畳間だ。
良家の子息の部屋にしては、こぢんまりしているともいえる。
そこで座布団に腰を落ち着けた鼓御前は、桐弥と向かい合っていた。
「…………」
「…………」
陣は冷茶を用意したあと、退室している。
この部屋で、正真正銘、桐弥とふたりきり。
たがいに茶へ口をつけることがないまま、どれほどの時が流れたか。
「……天」
沈黙に耐えかねたのは、意外にも桐弥であった。
「はい、父さま」
鼓御前は桐弥をまっすぐに見つめ返す。
桐弥は紫水晶の瞳を見ひらく。おどろいているようだ。
それからすぐに、ばつが悪そうに視線を伏せた。
「今朝のことで……話がしたいと思っていた」
緊張しているのだろうか。
桐弥の声がわずかに強ばっている気がする。
「ほんとうは……すぐにでも、おまえを追いかけるべきだった。だがおまえの泣き顔を思いだしたら、頭が真っ白になった……引きとめたところでなんと言えばいいのか、わからなくなった」
気のせいではない。
桐弥のひざの上でにぎられたこぶしが、ふるえていたのだ。
今朝の発言を桐弥は悔いている。
そうとつたわり、鼓御前も胸がきゅっと苦しくなった。
「馬鹿だよな。娘に悲しい思いをさせて……口下手だからなんて、言い訳にもならない」
桐弥が頭をかかえた拍子に、鳶色の髪がくしゃりと乱れる。
「それでも、いいです。わたしも言いすぎました……ごめんなさい」
「え……?」
「今度はちゃんと聞きます。上手な言葉じゃなくてもいいので、父さまのお気持ちを聞かせていただけませんか?」
きつくにぎられたこぶしへ、鼓御前はそっと指先をふれあわせる。
はじかれたように顔をあげる桐弥。
その紫水晶の瞳は、ゆらめいていた。
「……僕はあまり、じぶんが好きじゃない」
しばしの沈黙をへて、桐弥がぽつりとつぶやく。
鼓御前は急かすようなことはしない。静かに、続きの言葉を待つ。
「九条紫榮は……孤児だった。貧しさのあまり、親に捨てられた」
ぽつりぽつりと、桐弥は語りはじめる。
おのれの前世、だれも知らぬ九条紫榮の生きざまを。
あてもなく京のみやこへやってきた紫榮は、奉公先で三条宗近という人物と出会う。
宗近は公卿でありながら、刀鍛冶でもあった。
手先が器用だった紫榮は宗近に気に入られ、そば仕えとして重用されるようになる。
そしてそこで、刀というものの存在を知るのだ。
「運命だと、思った」
宗近に教えを乞い、紫榮は刀の打ち方をまなんだ。
灼熱の炎が燃えあがるなか、黙々と刀を打つあいだだけは、現実のしがらみを忘れることができた。
「だが……そのうちに、僕はなんのために刀を打っているのか、わからなくなった」
家族もなく、友人もつくらず、ただひたすらに腕を磨いて。
そうして刀を打ったとて、その先はどうする?
貴族でもない無名の刀鍛冶の刀など、だれが見たいと思う?
「当然ながら、僕は刀を打てなくなった」
紫榮は生き甲斐を見いだせず、無為に日々をすごした。
気が狂いそうなほどの、虚無にさいなまれた。
文机や箪笥、姿見。
壁際には手入れ道具の入った鞄。
必要最低限のものしかない、殺風景な六畳間だ。
良家の子息の部屋にしては、こぢんまりしているともいえる。
そこで座布団に腰を落ち着けた鼓御前は、桐弥と向かい合っていた。
「…………」
「…………」
陣は冷茶を用意したあと、退室している。
この部屋で、正真正銘、桐弥とふたりきり。
たがいに茶へ口をつけることがないまま、どれほどの時が流れたか。
「……天」
沈黙に耐えかねたのは、意外にも桐弥であった。
「はい、父さま」
鼓御前は桐弥をまっすぐに見つめ返す。
桐弥は紫水晶の瞳を見ひらく。おどろいているようだ。
それからすぐに、ばつが悪そうに視線を伏せた。
「今朝のことで……話がしたいと思っていた」
緊張しているのだろうか。
桐弥の声がわずかに強ばっている気がする。
「ほんとうは……すぐにでも、おまえを追いかけるべきだった。だがおまえの泣き顔を思いだしたら、頭が真っ白になった……引きとめたところでなんと言えばいいのか、わからなくなった」
気のせいではない。
桐弥のひざの上でにぎられたこぶしが、ふるえていたのだ。
今朝の発言を桐弥は悔いている。
そうとつたわり、鼓御前も胸がきゅっと苦しくなった。
「馬鹿だよな。娘に悲しい思いをさせて……口下手だからなんて、言い訳にもならない」
桐弥が頭をかかえた拍子に、鳶色の髪がくしゃりと乱れる。
「それでも、いいです。わたしも言いすぎました……ごめんなさい」
「え……?」
「今度はちゃんと聞きます。上手な言葉じゃなくてもいいので、父さまのお気持ちを聞かせていただけませんか?」
きつくにぎられたこぶしへ、鼓御前はそっと指先をふれあわせる。
はじかれたように顔をあげる桐弥。
その紫水晶の瞳は、ゆらめいていた。
「……僕はあまり、じぶんが好きじゃない」
しばしの沈黙をへて、桐弥がぽつりとつぶやく。
鼓御前は急かすようなことはしない。静かに、続きの言葉を待つ。
「九条紫榮は……孤児だった。貧しさのあまり、親に捨てられた」
ぽつりぽつりと、桐弥は語りはじめる。
おのれの前世、だれも知らぬ九条紫榮の生きざまを。
あてもなく京のみやこへやってきた紫榮は、奉公先で三条宗近という人物と出会う。
宗近は公卿でありながら、刀鍛冶でもあった。
手先が器用だった紫榮は宗近に気に入られ、そば仕えとして重用されるようになる。
そしてそこで、刀というものの存在を知るのだ。
「運命だと、思った」
宗近に教えを乞い、紫榮は刀の打ち方をまなんだ。
灼熱の炎が燃えあがるなか、黙々と刀を打つあいだだけは、現実のしがらみを忘れることができた。
「だが……そのうちに、僕はなんのために刀を打っているのか、わからなくなった」
家族もなく、友人もつくらず、ただひたすらに腕を磨いて。
そうして刀を打ったとて、その先はどうする?
貴族でもない無名の刀鍛冶の刀など、だれが見たいと思う?
「当然ながら、僕は刀を打てなくなった」
紫榮は生き甲斐を見いだせず、無為に日々をすごした。
気が狂いそうなほどの、虚無にさいなまれた。



