御刀さまと花婿たち


  *  *  *


 揺るがぬ湖面が、鈍色の空を映している。
 風ひとつ吹かない正午前。
『映月亭』に鼓御前のすがたはあった。
 湖にかこまれた大部屋には、ほかに莇、千菊、竜胆があつまっている。
 ただよう空気は、重苦しいものであった。
 真っ先に口火を切ったのは、竜胆だ。

「被害状況を申しあげます。〝(ヤスミ)〟と交戦の末、兎鞠神社に常駐していた神宮寺家の覡一名が意識不明の重体。そのほか三名が重傷を負い、治療中でございます」
「なんということ……」

 ひなの様子から薄々察してはいたが、事態は予想以上に深刻なようだ。

「逃走した〝(ヤスミ)〟の行方は、どうなっていますか?」

 鼓御前の問いに答えたのは、千菊だ。

「しらせを受けまして、私も至急現場へ向かいました。神社周辺の〝(ヤスミ)〟は掃討済みです。ただ……」
「ただ?」
()()()()()()()()。覡に大損害をあたえた〝(ヤスミ)〟は、いまだ逃走中かと」
「まるで、雑魚どもを目くらましに逃げおおせたような……なんと小賢しい。あやかし風情にそのような知能があるとも思えんが」
「なんにせよ、〝(ヤスミ)〟に関する情報がすくなすぎます。交戦した覡が、みなあのような状況ですからね」
「〝(ヤスミ)〟の目撃情報でしたら、あらたに判明したことがございます」
「それはまことでございますか、鼓御前さま」
「えぇ、ひなさんからおうかがいしたことがいくつか。莇さん、よろしくお願いします」
「はっ」

 鼓御前の目配せを受け、莇は一礼する。

「神社を襲ったと思われる〝(ヤスミ)〟ですが、実態のない黒いもやのような、それでいて人型のようなかたちを成していたとのことです」
「人型の〝(ヤスミ)〟……ですか。それは私も見たことがありませんね」

 千菊も目にしたことがないとすれば、相当なことだ。

「わが姉、神宮寺ひな含め、みな鋭利なものによる刺傷を負っております。そして姉の証言によれば、人型の〝(ヤスミ)〟は、刀のようなものをもっていたと」
「〝(ヤスミ)〟が刀を? 落ち武者の怨霊とでもいうのか」
「残念ながら、詳しいことは。ただもうひとつ、気になることが。くだんの〝(ヤスミ)〟は神社に侵入後、真っ先に姉へ襲いかかったのだそうです」
「なに……ひな殿に?」
「はい。そしてその直後、なにか言葉を残してすがたを消したのだとか。姉は『ちがう』とつぶやいていたように聞こえたと、そう申しております」

 刀をもち、人語を発する人型の〝(ヤスミ)〟。
 それがひなに対して告げた「ちがう」という言葉の意味は、なんなのか。

「特定の方に襲いかかり、人違いだと認識してすがたを消したのなら、その〝(ヤスミ)〟はどなたかをさがしているのではないかと考えられませんか?」
「わたくしも立花先生と同意見です。そして兎鞠神社におられ、姉とよく似た背格好の方となれば──」
「彼奴らのねらいは、鼓御前さまか!」

 考えたくはない。
 だが、そうだとすればつじつまが合うのだ。

「わたしの神気は、あやかしにとってごちそうなのでしょう。となれば、いずれわがもとに〝(ヤスミ)〟は現れるはず。……あるじさま?」

 話しながら、鼓御前は口もとに手をあてて黙り込む千菊に気づく。
 なにか思うところがあるようだ。

「いえ……人型かつ人語を発することといい、やけに人間くさい〝(ヤスミ)〟だと思いまして。『霊域』である神社に侵入されたことも、前代未聞の事例です」

 それは過去の記録に残された〝(ヤスミ)〟とは、まったく格がちがうということ。