青々とした芝生がひろがる先に、白と黒の的がひとつ。
莇は標的を捉えたまま、矢をつがえ、弓を打ち起こす。
さやさやと、枝葉をゆらす木々。
針の落ちる音すら聞こえる静けさのなか、風向きが変わった。
──ひゅっ!
まばたきのうちに、矢が放たれる。
追い風を受け、矢は加速。
流星のごとく宙を駆けめぐる。
……とす。
吸い込まれるように、矢は的の心臓部を射抜いていた。
「またど真ん中……すごいです、莇さん!」
「恐縮です」
かたわらで見守っていた鼓御前は、両手を打ち鳴らす。
呼吸とともにかまえを解いた莇は、あくまで謙虚な姿勢だ。
だが三度弓を引いて、三本とも矢が的の中心に命中しているのだ。
「見せるほどの腕前ではない」とは、よく言えたものである。
「莇さんは剣術だけでなく、弓もお得意なんですね」
「そうですね……どちらかといえば、弓のほうが得意かもしれません」
「そうなんですか?」
それは意外な返答だった。
同年代の少年たちのなかでも、莇は剣術の腕が抜きん出ている。
だが、それよりもさらに弓術のほうが得意だという。
「鬼塚家は、祖先が弓の名手であったそうです。そのことを後世へつたえるため、剣術だけでなく弓術も身につけるのです」
そこまで言って、莇はふと、手にした弓へ視線を落とす。
「不思議なことに、むかしから、弓を引いているとこころが落ち着きました。これもわれらの身に流れる鬼塚の血によるものだと、義父上がおっしゃっていました」
「おちちうえ……といいますと」
「鬼塚家当主、覡名を鬼灯さま。神宮寺家当主である父の兄君、おれにとっては伯父にあたる方です。そして先代の『痣持ち』でいらっしゃいます」
つまり鬼灯が莇を養子に迎え入れた養父であり、覡としての知識や技術を教えた師ということだ。
「鬼灯さまは、どんな方なのですか?」
「謹厳実直。義に篤く、厳しくも愛情にあふれた方でした。……おれはもっと、義父上から多くのことを学びたかった」
「……莇さん?」
莇の表情が、にわかに翳る。
ただごとではないことを、鼓御前は肌で感じ取った。
どう声をかけたものか。
決めあぐねる鼓御前を察してか、莇が口をひらく。
「鼓御前さま、『奉納祭』の神楽がどのようなものか、ごぞんじですか?」
「いえ……過酷なものだとはお聞きしましたが、具体的なことは」
鼓御前も、神楽について知ろうとした。
だが桐弥は、詳しいことはなにひとつ教えてくれなかったのだ。
「神楽がおこなわれるのは、空が闇におおわれる新月の夜。この日、篝火をともし、島中の〝慰〟をおびき寄せます」
「神楽は、覡さまによる剣舞……待ってください、ということは……」
ひやりと、嫌な汗がこめかみをつたう。
鼓御前は唐突に理解した。無病息災を祈る神楽──その壮絶な実態を。
「そうです。神楽によっておびき寄せた〝慰〟を、舞い手が斬り伏せるのです。押し寄せるあやかしをすべて滅するまで、一晩中、舞い続ける」
──それはまさに、想像を絶するものだった。
絶句する鼓御前をよそに、莇はひどく静かな声で続ける。
「鬼塚家から、神楽の舞い手がえらばれたことがありました。義父上です」
その先を聞くのが怖い。
だけれども、鼓御前のためだけに、時は止まってはくれない。
「義父上は立派に神楽を舞われました。そして最後の〝慰〟を斬り伏せたのち、深刻な霊力枯渇が原因で、命を落としてしまわれました。……八年前のことです」
嗚呼、なんということか。
こんなにだいじなことを、いまさら思い知るだなんて。
──おれも、気を引きしめて臨まなければ。
『奉納祭』のこととなると、莇の言動はどこか強ばっていた。
その理由を、ようやく理解できた。
莇は標的を捉えたまま、矢をつがえ、弓を打ち起こす。
さやさやと、枝葉をゆらす木々。
針の落ちる音すら聞こえる静けさのなか、風向きが変わった。
──ひゅっ!
まばたきのうちに、矢が放たれる。
追い風を受け、矢は加速。
流星のごとく宙を駆けめぐる。
……とす。
吸い込まれるように、矢は的の心臓部を射抜いていた。
「またど真ん中……すごいです、莇さん!」
「恐縮です」
かたわらで見守っていた鼓御前は、両手を打ち鳴らす。
呼吸とともにかまえを解いた莇は、あくまで謙虚な姿勢だ。
だが三度弓を引いて、三本とも矢が的の中心に命中しているのだ。
「見せるほどの腕前ではない」とは、よく言えたものである。
「莇さんは剣術だけでなく、弓もお得意なんですね」
「そうですね……どちらかといえば、弓のほうが得意かもしれません」
「そうなんですか?」
それは意外な返答だった。
同年代の少年たちのなかでも、莇は剣術の腕が抜きん出ている。
だが、それよりもさらに弓術のほうが得意だという。
「鬼塚家は、祖先が弓の名手であったそうです。そのことを後世へつたえるため、剣術だけでなく弓術も身につけるのです」
そこまで言って、莇はふと、手にした弓へ視線を落とす。
「不思議なことに、むかしから、弓を引いているとこころが落ち着きました。これもわれらの身に流れる鬼塚の血によるものだと、義父上がおっしゃっていました」
「おちちうえ……といいますと」
「鬼塚家当主、覡名を鬼灯さま。神宮寺家当主である父の兄君、おれにとっては伯父にあたる方です。そして先代の『痣持ち』でいらっしゃいます」
つまり鬼灯が莇を養子に迎え入れた養父であり、覡としての知識や技術を教えた師ということだ。
「鬼灯さまは、どんな方なのですか?」
「謹厳実直。義に篤く、厳しくも愛情にあふれた方でした。……おれはもっと、義父上から多くのことを学びたかった」
「……莇さん?」
莇の表情が、にわかに翳る。
ただごとではないことを、鼓御前は肌で感じ取った。
どう声をかけたものか。
決めあぐねる鼓御前を察してか、莇が口をひらく。
「鼓御前さま、『奉納祭』の神楽がどのようなものか、ごぞんじですか?」
「いえ……過酷なものだとはお聞きしましたが、具体的なことは」
鼓御前も、神楽について知ろうとした。
だが桐弥は、詳しいことはなにひとつ教えてくれなかったのだ。
「神楽がおこなわれるのは、空が闇におおわれる新月の夜。この日、篝火をともし、島中の〝慰〟をおびき寄せます」
「神楽は、覡さまによる剣舞……待ってください、ということは……」
ひやりと、嫌な汗がこめかみをつたう。
鼓御前は唐突に理解した。無病息災を祈る神楽──その壮絶な実態を。
「そうです。神楽によっておびき寄せた〝慰〟を、舞い手が斬り伏せるのです。押し寄せるあやかしをすべて滅するまで、一晩中、舞い続ける」
──それはまさに、想像を絶するものだった。
絶句する鼓御前をよそに、莇はひどく静かな声で続ける。
「鬼塚家から、神楽の舞い手がえらばれたことがありました。義父上です」
その先を聞くのが怖い。
だけれども、鼓御前のためだけに、時は止まってはくれない。
「義父上は立派に神楽を舞われました。そして最後の〝慰〟を斬り伏せたのち、深刻な霊力枯渇が原因で、命を落としてしまわれました。……八年前のことです」
嗚呼、なんということか。
こんなにだいじなことを、いまさら思い知るだなんて。
──おれも、気を引きしめて臨まなければ。
『奉納祭』のこととなると、莇の言動はどこか強ばっていた。
その理由を、ようやく理解できた。



