御刀さまと花婿たち


  *  *  *


 鼓御前は、刀である。
 その性質にたがわず、ひとのふところにおさまっていることがすきだった。
 とはいえ、それとこれとは話は別。

「あ……あるじさまぁ」

 千菊の腕のなかでぬくもりに酔いしれ、しばらく。
 遅れてやってきた理性と羞恥心により、鼓御前は別の意味で泣きそうになっていた。
 うっかり忘れかけていたが、ここは九条家。
 夜分のため屋敷内で出歩く者は見かけないものの、万が一ということもある。

「離してほしいですか? 私はきみを離したくないのですが。さて、困りましたね」
「あるじさま、楽しんでますよね?」
「冗談です。ふふ、そういじけないで」

 だれかに見られる前に、とやんわり訴えかけたところ、千菊はするりと腕をほどく。

「名残惜しいですが、このあたりにしておきましょう。きみに嫌われたくはないですし」

 鼓御前にはわかる。
 いまの千菊は、いつにも増して上機嫌だ。こちらの挙動ひとつひとつに、声を出して笑っているのだから。

「ようやく、きみと通じあうことができたんです。有頂天にもなります」

 すりすりと、千菊は指先でほほをくすぐってくる。
 こそばゆくて、鼓御前は身をよじった。
 そのささやかな瞬間さえ愛おしげに見つめていた千菊が、両手で鼓御前のほほをつつみ込む。

「このまま連れていってしまいたくなるけれど……今夜はがまん、ですね」

 鼓御前のひたいに、そっと口づけを落とす千菊。
 その表情は、満足げなものだった。

「こんな時間に起きだしてきたということは、どなたかさがしていたのではないですか?」
「わかりますか?」
「えぇ。きみがだれをさがしていたのかも、なんとなく」

 さすがというべきか。
 千菊は多くを問うまでもなく、鼓御前の行動の理由を察していた。
 ふと、千菊が青玉の視線を遠くにやる。
 つられて鼓御前も同じ方角を見やった。

「そういえば。あちらから、鈴の音のようなものが聞こえました。どなたかいらっしゃるのかもしれませんね」
「鈴の音ですか? あちらは──」

 ──離れの方角だ。
 鼓御前は感覚を研ぎ澄ませる。
 ちょうどたどってきた道をつなぐように、なじみある霊力の痕跡が向こうへ続いているのがわかった。

「それでは、私はここで。おやすみなさい、つづ」
「はい、おやすみなさいませ、あるじさま!」

 最後に千菊と別れのあいさつを交わし、鼓御前は寝間着の裾をひるがえした。