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鼓御前は、刀である。
その性質にたがわず、ひとのふところにおさまっていることがすきだった。
とはいえ、それとこれとは話は別。
「あ……あるじさまぁ」
千菊の腕のなかでぬくもりに酔いしれ、しばらく。
遅れてやってきた理性と羞恥心により、鼓御前は別の意味で泣きそうになっていた。
うっかり忘れかけていたが、ここは九条家。
夜分のため屋敷内で出歩く者は見かけないものの、万が一ということもある。
「離してほしいですか? 私はきみを離したくないのですが。さて、困りましたね」
「あるじさま、楽しんでますよね?」
「冗談です。ふふ、そういじけないで」
だれかに見られる前に、とやんわり訴えかけたところ、千菊はするりと腕をほどく。
「名残惜しいですが、このあたりにしておきましょう。きみに嫌われたくはないですし」
鼓御前にはわかる。
いまの千菊は、いつにも増して上機嫌だ。こちらの挙動ひとつひとつに、声を出して笑っているのだから。
「ようやく、きみと通じあうことができたんです。有頂天にもなります」
すりすりと、千菊は指先でほほをくすぐってくる。
こそばゆくて、鼓御前は身をよじった。
そのささやかな瞬間さえ愛おしげに見つめていた千菊が、両手で鼓御前のほほをつつみ込む。
「このまま連れていってしまいたくなるけれど……今夜はがまん、ですね」
鼓御前のひたいに、そっと口づけを落とす千菊。
その表情は、満足げなものだった。
「こんな時間に起きだしてきたということは、どなたかさがしていたのではないですか?」
「わかりますか?」
「えぇ。きみがだれをさがしていたのかも、なんとなく」
さすがというべきか。
千菊は多くを問うまでもなく、鼓御前の行動の理由を察していた。
ふと、千菊が青玉の視線を遠くにやる。
つられて鼓御前も同じ方角を見やった。
「そういえば。あちらから、鈴の音のようなものが聞こえました。どなたかいらっしゃるのかもしれませんね」
「鈴の音ですか? あちらは──」
──離れの方角だ。
鼓御前は感覚を研ぎ澄ませる。
ちょうどたどってきた道をつなぐように、なじみある霊力の痕跡が向こうへ続いているのがわかった。
「それでは、私はここで。おやすみなさい、つづ」
「はい、おやすみなさいませ、あるじさま!」
最後に千菊と別れのあいさつを交わし、鼓御前は寝間着の裾をひるがえした。



