ふわり。
ほのかな甘い香りが、鼻腔をくすぐる。
白檀の香り。千菊がそばにいるあかし。
とたんに、鼓御前は頭が真っ白になってしまう。
「……ごめんなさい、あるじさま。離して……いただけませんか」
「……つづ」
「だってわたし……変なかお、してるからっ……!」
「──つづ!」
焦れたような声は、千菊にしてはめずらしいもので。
つかまれた腕を、ぐいと強引に引かれる。
ふり向いた鼓御前は、紫水晶の瞳を限界まで見ひらく。
「おねがいです……逃げないで」
青玉の瞳が、切実に訴えかけてくる。
こんな千菊は、いままで見たことがなかった。
「きみがかわいい反応をするから、つい意地悪をしてしまいました。おとなげなかったですね……ごめんなさい」
「あるじさま……」
「きみに避けられると、堪えるんです……」
ぎゅ……と抱きしめる腕は、ふるえている。
かすかだけれど、気のせいではない。
(あるじさまにも、こわいことがあったのね)
これまで平静をよそおっていたが、ほんとうはこの屋敷に来てから──鼓御前を目にしてから、千菊だって気もそぞろだったのかもしれない。
そうとわかると、鼓御前はふっ……と身のこわばりをほどく。
「わたしのほうこそ、ごめんなさい……その、どうしたらいいのか、わからなくて」
けれど、いつまでも逃げているわけにはいかない。
千菊と、向き合わなければならない。
いまがそのときなのかもしれない。
「わたしだって、あるじさまのことがだいすきです。おそばにいることが、この上ない幸福でした」
「つづ……」
「でも、最近のわたしはおかしいんです。あるじさまに見つめられるとドキッとして、ふれられると恥ずかしくなって、お顔が見れないんです……」
ひとりでに、言葉がこぼれる。
次から次へとあふれだして、鼓御前はどうすることもできない。
「嫌いじゃないのに、だいすきなのに、逃げだしたくなるなんて……やっぱりおかしいわ。きっと変な病にかかってしまったんです……だからっ!」
離してほしい。
千菊まで巻き込むわけにはいかない。
そうつたえたかったのに。
「残念でした。手遅れです」
ふふ、と笑みが頭上でもれる。
「あるじさ……きゃっ」
かと思えば、鼓御前の視界が大きくまわる。
次の瞬間には、千菊に抱きすくめられていた。
それはもう、きつく、きつく。
「私はもう、きみと同じ病にかかっていますよ。……きみが愛しくて、手放したくなくなる病です」
「……あるじさま、も?」
とくとくとくと、心音がきこえる。
足早な鼓動。
ふれた体温も、じんとしみ入るように熱い。
「つづ、私はこの命が尽きるまで、きみとともにありたいのです。きみ以外のだれかはあり得ない。きみだけが、私にとっての特別な存在なんです」
「命尽きるまで、ともにありたい……特別な、存在……」
じぶんだってそうだ。
敬愛するあるじと、ともにありたかった。
ほのかな甘い香りが、鼻腔をくすぐる。
白檀の香り。千菊がそばにいるあかし。
とたんに、鼓御前は頭が真っ白になってしまう。
「……ごめんなさい、あるじさま。離して……いただけませんか」
「……つづ」
「だってわたし……変なかお、してるからっ……!」
「──つづ!」
焦れたような声は、千菊にしてはめずらしいもので。
つかまれた腕を、ぐいと強引に引かれる。
ふり向いた鼓御前は、紫水晶の瞳を限界まで見ひらく。
「おねがいです……逃げないで」
青玉の瞳が、切実に訴えかけてくる。
こんな千菊は、いままで見たことがなかった。
「きみがかわいい反応をするから、つい意地悪をしてしまいました。おとなげなかったですね……ごめんなさい」
「あるじさま……」
「きみに避けられると、堪えるんです……」
ぎゅ……と抱きしめる腕は、ふるえている。
かすかだけれど、気のせいではない。
(あるじさまにも、こわいことがあったのね)
これまで平静をよそおっていたが、ほんとうはこの屋敷に来てから──鼓御前を目にしてから、千菊だって気もそぞろだったのかもしれない。
そうとわかると、鼓御前はふっ……と身のこわばりをほどく。
「わたしのほうこそ、ごめんなさい……その、どうしたらいいのか、わからなくて」
けれど、いつまでも逃げているわけにはいかない。
千菊と、向き合わなければならない。
いまがそのときなのかもしれない。
「わたしだって、あるじさまのことがだいすきです。おそばにいることが、この上ない幸福でした」
「つづ……」
「でも、最近のわたしはおかしいんです。あるじさまに見つめられるとドキッとして、ふれられると恥ずかしくなって、お顔が見れないんです……」
ひとりでに、言葉がこぼれる。
次から次へとあふれだして、鼓御前はどうすることもできない。
「嫌いじゃないのに、だいすきなのに、逃げだしたくなるなんて……やっぱりおかしいわ。きっと変な病にかかってしまったんです……だからっ!」
離してほしい。
千菊まで巻き込むわけにはいかない。
そうつたえたかったのに。
「残念でした。手遅れです」
ふふ、と笑みが頭上でもれる。
「あるじさ……きゃっ」
かと思えば、鼓御前の視界が大きくまわる。
次の瞬間には、千菊に抱きすくめられていた。
それはもう、きつく、きつく。
「私はもう、きみと同じ病にかかっていますよ。……きみが愛しくて、手放したくなくなる病です」
「……あるじさま、も?」
とくとくとくと、心音がきこえる。
足早な鼓動。
ふれた体温も、じんとしみ入るように熱い。
「つづ、私はこの命が尽きるまで、きみとともにありたいのです。きみ以外のだれかはあり得ない。きみだけが、私にとっての特別な存在なんです」
「命尽きるまで、ともにありたい……特別な、存在……」
じぶんだってそうだ。
敬愛するあるじと、ともにありたかった。



