* * *
これは好機なのだと、鼓御前は思った。
人を遠ざけたがる桐弥も、愛娘にならその胸の内を明かしてくれるのではないか。
そう考えた陣が、用意してくれた舞台なのだ。
(よし、父さまとお話をしてみましょう!)
そうして鼓御前も、はりきって桐弥を待つことにした。
「…………うぅ、なんでぇ……」
──そして結論からいうと、すばらしく玉砕した。
あれから陣が食事を用意して、桐弥も鼓御前の部屋をたずねてきた。
そこまではよかったのだ。
「わぁ、ほかほかなごはん! おいしいですねぇ、父さま!」
「そうだな」
「今日は陣さまに、お屋敷を案内していただいたんです。鍛錬所のほうにも行きました」
「このくそ暑いなか、物好きだな」
「……えっと、父さま。お加減のほうは」
「風邪なんぞとっくに治ってる」
……撃沈。
懸命に話題をふってみた鼓御前だが、ものの見事に会話を強制終了させられた。
だが、このままではいられない。
「あのっ、父さま! お話したいことがございます!」
お風呂に入っているあいだ、これまた懸命に考えた作戦を鼓御前は実行する。
その名も、『ふところに突撃作戦』──
まぁいわゆる、まわりくどいことはなしの正面突破戦法である。
「もう遅いぞ。明日でもかまわんだろう。いいから寝ろ」
「ふぇっ……ふぇええ~!」
しかし、あれよあれよと桐弥に丸め込まれ、布団に押し込まれてしまった。
「……むぅ、父さまのばかぁ」
それからしばらく。鼓御前は布団のなかで、ぶすっとふくれていた。
客間に敷かれた布団は二組。
となりに桐弥のすがたはない。
そのうち床につくつもりなのだろうが、ふらっと部屋を出ていってからかなりたつ。
「これ、わたしは悪くないですよね?」
こうも適当にあしらわれては、鼓御前もカチンとくる。
むくり。
布団から起き上がった鼓御前は暗闇に目をこらし、手さぐりで障子をあける。
「父さまったら、どこへ行ったのかしら……!」
見つけて問いただすくらいは許されるだろう。
鼓御前はぷんぷんと怒りながら、寝間着のまま、あてもなく歩きだす。
「──おや」
そして、縁側を三歩も行かないところで、はたと足を止めた。
まったく予想外の人物が、目の前にすがたを現したためだ。
「こんばんは、つづ」
──千菊だった。
紺の浴衣すがたで、竜頭の面はつけていない。
湯上がりなのだろうか。
白橡の髪はまだしっとりとしており、浴衣からのぞく胸もとが、桜色にほんのり染まっている。
千菊を前にして、鼓御前はかぁあっと熱がこみ上げるのを感じる。
「あ、あるじさまは、どうしてこちらに!?」
「夕食をいただいていたら、お話に花が咲いてしまって。日も暮れてしまいましたし、竜胆さまのご厚意で、一晩お世話になることにしました」
そういえば、夕食後に膳を下げにきた陣が、そんなことを言っていた気がする。
桐弥とのたたかいに奮闘していて、それどころではなかったが。
「そういうきみは?」
「ちょっと夜風に当たりたかっただけですわ。お気になさらず。それでは、おやすみなさいませ!」
鼓御前ははつらつと声をあげ、足早に駆けだす。
「──待って」
けれども。そんな鼓御前の腕を、千菊が引きとめた。



