御刀さまと花婿たち


  *  *  *


「お恥ずかしいところを、お見せしまして……ッ!」

 衝撃的な現場を目撃してしまった直後。
 客間にて、鼓御前は竜胆から土下座の謝罪を受けていた。

「そんなっ、お顔をあげてくださいませ、竜胆さま!」
「おぉ鼓御前さま……なんとお優しい」

 鼓御前の必死な説得により、竜胆が顔をあげる。
 その横からすっとティッシュ箱をさしだす陣。
 箱ごと受け取り、ずず、と鼻をかんだ竜胆は、しばらくして重い口をひらいた。

「ごらんになられましたとおり、私は不器用な父親でございます」
「どうして、そう思われるのですか?」
「息子の気持ちを、ろくに(おもんぱか)ってやることもできないのです」

 消沈した声音で、竜胆はぽつりぽつりと語りはじめる。

「私の妻……桐弥の母である九条みやこは、息子がみっつの年に、病でこの世を去っております。それだのに、肝心の私がこの体たらく……」
「竜胆さま……」
「恐ろしいのです。家族を喪うことが。桐弥も生まれつきからだが弱く……申し訳ございません、これ以上は」

 竜胆はそういって、ぐっと口をつぐむ。

 ──妻とおなじように、桐弥もいつか突然、じぶんの前からいなくなってしまうかもしれない。

 竜胆の苦悩が、痛いほどにつたわってきた。
 けれど竜胆は、頑としてそれを口にはしなかった。
 けっして、言霊にしてはならぬと。

「思えば桐弥は、幼きころより聡明なこどもでありました。いたいけな身に、かくも数奇な運命を背負っていたのかと思うと、不憫でなりません……私ごときが、おこがましいやもしれませぬが」
「竜胆さまは、人一倍家族想いの方なのですね」

 竜胆は、桐弥が九条紫榮の魂をやどしていることを知っている。
 その上で、父としてあろうと奮闘しているのだ。

「血を分けたわが子にちがいはないのです。当然でしょうとも」

 鼓御前の言葉を受け、そう返した竜胆の声音は、すこし気恥ずかしそうであったか。

「私も長年刀匠として従事してまいりました。いずれ息子と刀を打つことを夢見ておりましたが、それは私の傲慢なのでしょうな……」
「…………」

 竜胆のさびしげなひとりごとに、鼓御前は言葉を返せなかった。

『──僕はもう、刀を打つつもりはない』

 桐弥の確固たる意志を、とうに知り得ているから。

「やりたいようにやらせたい。そうは思えども、私はどうも、近ごろのあの子が、生き急いでいるように思えてならんのです」
「生き、急いでいる……」

 人付き合いは不得手だと、桐弥自身ももらしていたが。

 ──慣れあうつもりはない。
 ──放っておいてくれ。

 たしかに先ほどの桐弥の物言いは、竜胆に対するものだとしても度をこえている。

(父さまだって、ほんとうは竜胆さまのお気持ちをわかっていらっしゃるはずだわ)

 葵葉たちには容赦なく鉄拳を食らわせていた桐弥が、竜胆を引き剥がすさい、実力行使には出なかった。
 本心から竜胆を拒絶しているわけではないはずなのだ。

(それなら……父さまは、なにかわけがあって、みなさんを遠ざけていらっしゃる?)

 鼓御前がそう思いいたったときだ。
 静かに耳をかたむけていた陣が、口をひらく。

「旦那さま。あぁなってしまった若さまは、意地でもお部屋から出てまいりません。本日の会食は、難しいかと」
「うぅ、そうだよねぇ……せっかくみなさん来てくれたんだけどなぁ……きーちゃんは体調不良だから出席できないって、私から説明しておきます……」

 しょぼん、と肩を落とす竜胆。
 鼓御前も、それが最善策のように思えた。

「では、若さまと鼓御前さまのお食事は、こちらにお運びいたしますね」
「そうですね、よろしくおねがいしま──」

 うっかりうなずきかけた鼓御前は、「うんっ?」と首をかしげる。
 陣のいう『こちらに』とは、『鼓御前の部屋に』という意味だ。

「……はっ、まさか……!」

 鼓御前がいまいち理解できない一方で、竜胆は陣の意図を察したらしかった。

「鼓御前さまと若さまは、本日から『共同生活』をなさるのです。これは、御刀さまと覡が信頼関係を築くために必要なこと」

 すらすらと淀みなく告げる陣が、やがて笑みを浮かべる。

「聡明なわれらが若さまが、鼓御前さまとのお食事をすっぽかすだなんて粗相をなさることは、ないでしょうから……ね?」

 ──にっこり。
 それは、有無を言わせぬ気迫をまとった笑みだった。

「あわわ……陣ちゃん、こわいね……きーちゃんよりこわいかも……」 

 人知れず竜胆がおびえていたことは、秘密である。