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「お恥ずかしいところを、お見せしまして……ッ!」
衝撃的な現場を目撃してしまった直後。
客間にて、鼓御前は竜胆から土下座の謝罪を受けていた。
「そんなっ、お顔をあげてくださいませ、竜胆さま!」
「おぉ鼓御前さま……なんとお優しい」
鼓御前の必死な説得により、竜胆が顔をあげる。
その横からすっとティッシュ箱をさしだす陣。
箱ごと受け取り、ずず、と鼻をかんだ竜胆は、しばらくして重い口をひらいた。
「ごらんになられましたとおり、私は不器用な父親でございます」
「どうして、そう思われるのですか?」
「息子の気持ちを、ろくに慮ってやることもできないのです」
消沈した声音で、竜胆はぽつりぽつりと語りはじめる。
「私の妻……桐弥の母である九条みやこは、息子がみっつの年に、病でこの世を去っております。それだのに、肝心の私がこの体たらく……」
「竜胆さま……」
「恐ろしいのです。家族を喪うことが。桐弥も生まれつきからだが弱く……申し訳ございません、これ以上は」
竜胆はそういって、ぐっと口をつぐむ。
──妻とおなじように、桐弥もいつか突然、じぶんの前からいなくなってしまうかもしれない。
竜胆の苦悩が、痛いほどにつたわってきた。
けれど竜胆は、頑としてそれを口にはしなかった。
けっして、言霊にしてはならぬと。
「思えば桐弥は、幼きころより聡明なこどもでありました。いたいけな身に、かくも数奇な運命を背負っていたのかと思うと、不憫でなりません……私ごときが、おこがましいやもしれませぬが」
「竜胆さまは、人一倍家族想いの方なのですね」
竜胆は、桐弥が九条紫榮の魂をやどしていることを知っている。
その上で、父としてあろうと奮闘しているのだ。
「血を分けたわが子にちがいはないのです。当然でしょうとも」
鼓御前の言葉を受け、そう返した竜胆の声音は、すこし気恥ずかしそうであったか。
「私も長年刀匠として従事してまいりました。いずれ息子と刀を打つことを夢見ておりましたが、それは私の傲慢なのでしょうな……」
「…………」
竜胆のさびしげなひとりごとに、鼓御前は言葉を返せなかった。
『──僕はもう、刀を打つつもりはない』
桐弥の確固たる意志を、とうに知り得ているから。
「やりたいようにやらせたい。そうは思えども、私はどうも、近ごろのあの子が、生き急いでいるように思えてならんのです」
「生き、急いでいる……」
人付き合いは不得手だと、桐弥自身ももらしていたが。
──慣れあうつもりはない。
──放っておいてくれ。
たしかに先ほどの桐弥の物言いは、竜胆に対するものだとしても度をこえている。
(父さまだって、ほんとうは竜胆さまのお気持ちをわかっていらっしゃるはずだわ)
葵葉たちには容赦なく鉄拳を食らわせていた桐弥が、竜胆を引き剥がすさい、実力行使には出なかった。
本心から竜胆を拒絶しているわけではないはずなのだ。
(それなら……父さまは、なにかわけがあって、みなさんを遠ざけていらっしゃる?)
鼓御前がそう思いいたったときだ。
静かに耳をかたむけていた陣が、口をひらく。
「旦那さま。あぁなってしまった若さまは、意地でもお部屋から出てまいりません。本日の会食は、難しいかと」
「うぅ、そうだよねぇ……せっかくみなさん来てくれたんだけどなぁ……きーちゃんは体調不良だから出席できないって、私から説明しておきます……」
しょぼん、と肩を落とす竜胆。
鼓御前も、それが最善策のように思えた。
「では、若さまと鼓御前さまのお食事は、こちらにお運びいたしますね」
「そうですね、よろしくおねがいしま──」
うっかりうなずきかけた鼓御前は、「うんっ?」と首をかしげる。
陣のいう『こちらに』とは、『鼓御前の部屋に』という意味だ。
「……はっ、まさか……!」
鼓御前がいまいち理解できない一方で、竜胆は陣の意図を察したらしかった。
「鼓御前さまと若さまは、本日から『共同生活』をなさるのです。これは、御刀さまと覡が信頼関係を築くために必要なこと」
すらすらと淀みなく告げる陣が、やがて笑みを浮かべる。
「聡明なわれらが若さまが、鼓御前さまとのお食事をすっぽかすだなんて粗相をなさることは、ないでしょうから……ね?」
──にっこり。
それは、有無を言わせぬ気迫をまとった笑みだった。
「あわわ……陣ちゃん、こわいね……きーちゃんよりこわいかも……」
人知れず竜胆がおびえていたことは、秘密である。



