御刀さまと花婿たち

 客間へもどる最中のことだ。
 静けさにつつまれた屋敷内で、叱責が飛ぶ。
 突如ひびきわたった声の主を、鼓御前はもう知っている。
 九条家当主、竜胆である。

 一歩先をゆく陣が、ふと足を止めた。
 その背から、鼓御前は恐る恐る顔をのぞかせ、様子をうかがう。
 縁側の突き当たりに、竜胆ともうひとり、桐弥のすがたがある。

「よくもそんなばかげたことを。冗談ではすまされないぞ!」
「なら何度でも言ってやる。夕餉の席には参加しない。慣れあうつもりはないからな。もちろん冗談じゃない」
「やめんか! 御三家が力を合わせなければならないこのときに、神事を執り行うわが九条家が和を乱すなど……断じてあってはならぬ!」
「関係ないね。僕はこれまでも、独りでやってきた。他人の助けなんか必要ない」

 竜胆は桐弥の言動をいさめているようだった。
 しかし、桐弥はまったく耳を貸そうとしない。

「大丈夫でしょうか……?」

 不安になった鼓御前は、陣を見上げる。
 ふり返った陣の返答は、意外なものだった。

「はい、大丈夫だと思います」
「えっ……?」

 呆ける鼓御前の前で、しぃ、と陣が人さし指を口もとに当ててみせる。
『静かに見ているように』ということなのだろう。

(おふたりとも、あんなに険悪な空気なのに……?)

 半信半疑ながら、鼓御前はあらためて視線をもどす。

「役目は果たす。放っておいてくれ」

 桐弥は相も変わらず。
 そっけなく言い放って、背を向けるが。

「あぁそうか、わかった……息子よ」

 ぷるぷると肩をふるわせていた竜胆が──次の瞬間、爆発する。

「だからぁ、なんでそんな冷たいこと言うのォ!? パパギャン泣きしちゃうからね!?」
「…………えっ?」

 なにが起きたのか、鼓御前はちょっとよくわからなかった。

「見間違い……?」

 落ち着いて目をこらしてみる。

「うっ、うっ……きーちゃんが今日も冷たいよぉ、うぅ、うぉおおん!!」

 が、鼓御前の見間違いなどではなかった。
 桐弥にすがりつき、おいおいとむせび泣く竜胆のすがたは、まぎれもなく本物。

「すぐ泣くなよ。あんた一応当主だろ」
「そんなこと言ったってぇ! きーちゃんがおともだちと仲良くしてくれないからぁ、パパ心配で心配でぇ!」
「余計なお世話だ。ていうかきーちゃんっていうな!」
「待ってきーちゃん! パパ置いてかないでぇえ!」
「やかましい!」

 夢でも見ているのかと、鼓御前はしばらく状況が理解できなかった。
 竜胆といえば、厳粛な人物だ。
 ひと目見て、鼓御前はそう信じて疑わなかったというのに。

「えぇっと……陣さま」
「ごらんのとおりです。旦那さまは、少々涙もろい子煩悩なお方でございまして」
「少々……?」

 少々どころのお話ではないように思われるが。
 どうしたものかと鼓御前が困っていると、陣が咳ばらいをする。

「若さま、旦那さま。失礼ながら、鼓御前さまが反応にお困りでいらっしゃいます」

 すがりついて号泣する父と、それを躍起になって引き剥がそうとする息子。
 そこでようやく、彼らも鼓御前たちの存在に気づいたのだろう。

「なっ……!」
「はえっ……?」

 桐弥、竜胆が相次いで鼓御前をふり返り、ぴしりと石のように固まった。

「えーっと…………おふたりとも、仲がよろしいんですね! ほっこりしました!」

 それが、鼓御前にできる最大限の気遣いだった。
 だがその純粋な笑みによって、親子が羞恥に打ちのめされたことは、言うまでもない。