御刀さまと花婿たち


  *  *  *


 鼓御前は、九条家の敷地内にある鍛錬所をおとずれていた。
 本家の屋敷をひととおり見てまわったあと、「ごらんになりますか」と、それとなく陣が案内してくれたのである。
 鼓御前が鍛錬所のある方角をちらちらと気にしていたことを、よく見ていたのだろう。

 トンテンカン、トンテンカン。
 鉄を打つ音が、鮮明に聞こえる。

「まぁ……!」

 鍛錬所の入り口で熱風を感じながら、鼓御前は感嘆の息をもらす。
 灼熱の炎に熱された赤い鉄が、いままさに、ふたりの刀匠によって鍛えられているところであった。

「熱した鉄と小槌を持った者を横座(よこざ)、大槌を持った者を先手(せんて)といいます。このように、刀の鍛錬は複数の刀匠によっておこなわれます」
「ここで最も重要な役割をなさるのが、横座の方なんですよね?」
「そのとおりでございます」

 横座が熱した鉄をテコ棒で固定し、小槌を打つ。
 これでどの場所をどの程度の強さで叩くのか、合図をするのだ。

 横座の合図を受け、先手が大槌をふるって鉄を打つ。
 これを相槌という。
 相手の反応に合わせて、相槌を打っているのである。

 このことから、通常横座は師匠が、先手はその弟子がつとめる。
 ただし、先手が打つ場所やタイミングを間違えるなど的はずれなことをすると、鉄を打つ音がちぐはぐになってしまう。
 トンチンカン、というふうに。

 松の炭を()べると、よりいっそうの熱気につつまれる。
 燃えさかる炎の色。 
 ()ぜる火花。
 鉄の沸く音。
 それらすべてを五感で感じとり、刀匠は刀を鍛えあげてゆく。

「わたしも、あんなふうに打たれたのですね……」

 鼓御前の口から、ひとりでに言葉がもれる。

「……あ、れ」

 そのときだ。ふと、疑問に思ったのは。
 鼓御前の生みの親は、平安時代の刀匠、九条紫榮だ。
 けれども、刀は独りでは打てない。
 だとすれば。

(父さまに……紫榮さまに相槌を打ったのは、どなた……?)

 紫榮は無名の刀鍛冶だ。そんな彼にも、兄弟子(あにでし)がいたというが──

「……うっ!」

 ──ズキン。疼くような頭痛が、鼓御前を襲う。

「鼓御前さま!」

 大きくよろめいたからだを、陣が抱きとめた。

「わたし……わたしを、うった、のは……」

 ズキズキと、頭がきしむ。

 ──いまはまだ、いい。
 ──無理に思い出さなくていい。

 紫榮、いや桐弥は、そう言っていたけれど。

「おもい、ださなくちゃ……」

 思い出さなければいけない。そう『本能』が叫んでいるのが、わかる。

「……天姫(あまひめ)さま」
「え……?」

 耐えしのぶ鼓御前の頭上で、声が聞こえた。
 おそらく、陣のものだろう。
 だがなんと言っていたのか。
 くぐもって聞こえて、鼓御前にはよくわからなかったけれど。

「姫さま……ありがとうございます」

 ぼんやりと見上げた先で、陣は唐茶色の瞳を揺らめかせていた。泣きそうな顔で。

「……悲しいことが、あったのですか?」
「いいえ」

 いまにもこぼれ落ちそうな涙をぬぐおうと、鼓御前が手をのばしたときだ。
 それよりも早く、陣にぎゅうと抱きしめられる。
 すこし苦しいくらいだ。だが陣の腕につつまれると、鼓御前をさいなんでいた頭の痛みがすぅっと引いていく。
 あとには、心地よいぬくもりが残るだけ。

(あぁ、やっぱり……なつかしい)

 身をゆだね、まどろんでしまいそうになる。
 鼓御前は確信した。

(この感覚を、わたしは()()()()()……)

 それは、なにを意味するのか。
 鈍い思考では、理解することは叶わず。
 鼓御前はただ、陣の胸にもたれることしかできない。
 しばしのあいだ鼓御前を抱き、頭を撫ぜていた陣が、おもむろにからだを離す。

「……本日も暑いですから、熱気にあてられてしまったのかもしれませんね。申し訳ありません」

 そういって配慮が足りなかったことを詫びるさまは、『いつもの陣』であった。

「お部屋にもどりましょうか。鼓御前さま、お手を」
「あ……はい」

 ごく自然に手をとられ、陣に腕を引かれるまま、鼓御前は歩きだす。

「…………」

 鍛錬所をあとにしながら、鼓御前はそっと陣を見上げる。

(もしかして……わたしは、花ちゃんおねぇさまにお会いしたことがある……?)

 それも、人の身を得るより以前に。

「あ、あのっ……!」

 胸がざわめいてしょうがない。
 思いきって、陣に問いかけようとする鼓御前だが──

「──いい加減にしないか! 桐弥!」

 突如ひびきわたった怒声によって、それは叶わなかった。