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聞くところによると、葵葉は千菊の付き添いで九条家をおとずれたらしい。
母屋に用意された十二畳の客間は、鼓御前が九条家にいるあいだ使うものだ。
ここならば余人の目もないとのことで、おたがいに腰を落ち着けて現状を説明することができた。
「──はぁ。事情はなんとなくわかった。九条センパイの世話をするために、こんな面倒なことやってるわけか」
座布団に座った葵葉が、ひと息つく。
しかしその表情はどこか釈然としていない。
しばし腕組みをして考えたのち、葵葉は陣を見やった。
「見た目はともかく、近くにいたら霊力の気配でばれるんじゃないか? 俺にだってわかるくらいだぞ。あの九条センパイなら、とっくに気づいててもおかしくないと思うけど」
「そうですね。そうかもしれません」
部屋の入り口にひかえた陣が答える。
なんともあっさりとした返事だ。
これには鼓御前も目を丸くする。
「父さまがお気づきかもしれないと、おわかりになった上で……?」
「ならなんで、いちいちこんなこと」
「必要なことだからです」
鼓御前や葵葉の疑問へ、陣は言葉をかさねる。
「わたしがあの方にお仕えするために、必要なことだからです」
陣の発言は核心にふれない。これ以上語るつもりはないのだろう。
「ふぅん。あんたは九条センパイが気づいてるのを知ってて、九条センパイもあんたになにも言わない、か。難儀だなぁ、あんたらも」
多くは語れない事情を葵葉も察したのか。
これ以上陣の話を掘り下げることはしない。
(花ちゃんおねぇさまは、事情があって陣さまのふりをされているようだけれど……)
だれに対しても物怖じすることなく、社交的な虎尾。
口下手で、人付き合いが苦手な陣。
絵に描いたように正反対な兄弟だ。
顔のつくりは瓜ふたつ。けれど別人。
(だけど……でも)
今日『彼』を目にしてから、鼓御前は胸に『感じる』ものがあった。
(どうしてでしょう……どちらも、『彼らしい』と思えてしまう)
問答無用で桐弥を布団に放り込む虎尾も。
何歩も後ろに下がり、必要以上に桐弥へ干渉はしない陣も。
別人だと主張しながら、そのふるまいで、桐弥に対する『思いやり』を隠せていない。
彼は『ふたり』でもあり、『ひとり』でもあった。
(ふふ、よくわからなくなってきたわ)
不思議なものだ。
学校ではわからないことがあったらモヤモヤして、解決しないとスッキリしない。
それなのに、桐弥を巡る『虎尾と陣』の問題を前にして、鼓御前はまったくもって不快感をおぼえなかった。
まるで、晴れているのに雨がふり、その末に虹をかいま見たかのような心地で。
「なんだか、狐に化かされているみたい」
ほぼ無意識のうちに口にしていた。
が、鼓御前がそうつぶやいたとたん、はっと息をのむ気配がある。
やけに視線を感じる。陣が唐茶色の瞳を見ひらき、こちらを凝視していた。
「どうかなさいましたか?」
「…………いえ」
鼓御前がきょとんと首をかしげると、陣はかぶりをふって息をつく。
まるで、安堵したかのように。
「それでは、このあとのご予定ですが」
陣は居住まいをただすと、鼓御前へ向かって頭を垂れる。
「本日は顔合わせとのことで、御三家のみなさまをおまねきしてのご夕食となります。のちほどうかがいますので、お時間までごゆるりとお過ごしを──」
「あの! それでしたら、わたしからおねがいがありまして!」
このままいくと、陣は退室してしまうだろう。
そう悟った鼓御前は、すかさず陣を呼びとめる。
「わたしに、お屋敷を案内していただけませんか?」
広い敷地内だ。
必要に応じてじぶんが案内するため迷子になる心配はないと、陣に言われていたが。
「お部屋でぼうっとしているよりいいかと思いまして。九条家のみなさんに、ごあいさつもしたいですし!」
「鼓御前さま……」
力説をしたところ、陣は唐茶色の瞳でじっと鼓御前を見つめ──
「かしこまりました。では、ご案内いたします」
ふわり。笑みをほころばせ、うなずいたのだった。



