御刀さまと花婿たち


  *  *  *


 広大な敷地内に、九条家は屋敷をかまえていた。
 トンテンカン、と、どこからか風に乗って音がとどく。
 あれは鉄を金槌で叩く音。刀を打つ音だ。
 鉄のにおいがする。
 なんだかなつかしくて、鼓御前は紫水晶の瞳を細める。
 刀の鍛錬所をかかえているなら、屋敷がこれほど立派なことも納得できる。

「広いですね……迷子にならないようにしないと」
「わたしがおそばにひかえておりますので、ご心配にはおよびません」

 ぽつりと鼓御前がこぼすと、すらすらと返答がある。
 陣のこれが演技だとわかっていても、まだ慣れない。
 鼓御前は様子をうかがいながら、ちょこちょこと陣の背を追いかける。
 すると、なぜか陣は母屋を素通りするではないか。どうしたというのだろう。

「みなさまがお待ちです。『映月亭(えいげつてい)』へご案内いたします」

 鼓御前の疑問を見透かしたように、陣がふり返ってほほ笑んだ。

 九条本家は、母屋の向こうに別棟がある。
 数寄屋(すきや)づくりの離れ。
 質素ながら洗練されたその建物全体が、客人をもてなす茶室となっている。

「御刀さまのおなりです」

 陣に連れられやってきた鼓御前は、思わず息をのんだ。
 湖が、目の前にある。
『映月亭』──おどろくべきことに、そこは湖にかこまれた場所だった。

 三方の障子が取り払われた、八畳の一室。
 なんという開放感だろう。床と湖がほぼ同じ高さだ。
 手を伸ばせば、湖面にふれられるはずだ。
 この場には、すでにみっつの人影があった。
 上座に用意された座布団へ、鼓御前はそうっと腰を落ち着ける。
 すると、向かって左手側に座った人物が深々とこうべを垂れた。

「お初にお目にかかります。九条家当主、覡名を竜胆(りんどう)と申します。御刀さまにおかれましては、此度のご足労、まことに痛み入ります」
「鼓御前でございます。おまねきいただき、ありがとうございます」

 鼓御前も礼を返したのち、竜胆と名乗った人物をあらためて見やる。
 白髪まじりの初老の男。精悍な顔つきをしている。
 今紫の差袴。藤の白紋がほどこされているため、一級の覡とひと目でわかる。
 ただ、その人物がただの覡ではないことは、鼓御前も理解できた。
 金糸で桐の紋が刻まれた、黒の羽織をまとっていたためだ。

「あらためて、ごあいさつさせていただきます。こちらが(せがれ)でございますれば」

 竜胆のとなりには、(とび)色の髪の少年がいた。

「九条桐弥だ」

 鼓御前へ一礼したのち、桐弥は簡潔に述べる。
 はい、存じあげております──そう鼓御前が笑みを返そうとしたところ。

「ふんっ!」

 ぶぉんっ! 竜胆の平手が、突如として桐弥を襲う。
 しかし桐弥は涼しい顔で首をそらし、ひょいと避けた。

「えっ……?」

 なにが起きたのか、鼓御前はすぐにはわからなかった。

「軽々しく名乗るばかりか、御刀さまに対してなんたる態度っ!」
「僕が何者かなんて方々に知れたことだ。いまさらだろう」
「おまえは、次期当主としての自覚をもっているのか!?」
「充分もっている」

 叱咤する竜胆。うんざりと眉根を寄せる桐弥。

「ふふ。相変わらず親子仲がよろしいようですね、竜胆さま」

 そしてふたりの向かい。鼓御前の向かって右手側で、竜頭の面をつけた青年──千菊が、くすくすと笑みをもらす。

「あんたも目がおかしいな。いますぐ医者にかかったほうがいい」
「これ! 立花家ご当主殿になんという口の聞き方を!」
「……話が進まんな」

 桐弥がため息まじりに口をとじる。らちが明かないと判断したらしい。