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広大な敷地内に、九条家は屋敷をかまえていた。
トンテンカン、と、どこからか風に乗って音がとどく。
あれは鉄を金槌で叩く音。刀を打つ音だ。
鉄のにおいがする。
なんだかなつかしくて、鼓御前は紫水晶の瞳を細める。
刀の鍛錬所をかかえているなら、屋敷がこれほど立派なことも納得できる。
「広いですね……迷子にならないようにしないと」
「わたしがおそばにひかえておりますので、ご心配にはおよびません」
ぽつりと鼓御前がこぼすと、すらすらと返答がある。
陣のこれが演技だとわかっていても、まだ慣れない。
鼓御前は様子をうかがいながら、ちょこちょこと陣の背を追いかける。
すると、なぜか陣は母屋を素通りするではないか。どうしたというのだろう。
「みなさまがお待ちです。『映月亭』へご案内いたします」
鼓御前の疑問を見透かしたように、陣がふり返ってほほ笑んだ。
九条本家は、母屋の向こうに別棟がある。
数寄屋づくりの離れ。
質素ながら洗練されたその建物全体が、客人をもてなす茶室となっている。
「御刀さまのおなりです」
陣に連れられやってきた鼓御前は、思わず息をのんだ。
湖が、目の前にある。
『映月亭』──おどろくべきことに、そこは湖にかこまれた場所だった。
三方の障子が取り払われた、八畳の一室。
なんという開放感だろう。床と湖がほぼ同じ高さだ。
手を伸ばせば、湖面にふれられるはずだ。
この場には、すでにみっつの人影があった。
上座に用意された座布団へ、鼓御前はそうっと腰を落ち着ける。
すると、向かって左手側に座った人物が深々とこうべを垂れた。
「お初にお目にかかります。九条家当主、覡名を竜胆と申します。御刀さまにおかれましては、此度のご足労、まことに痛み入ります」
「鼓御前でございます。おまねきいただき、ありがとうございます」
鼓御前も礼を返したのち、竜胆と名乗った人物をあらためて見やる。
白髪まじりの初老の男。精悍な顔つきをしている。
今紫の差袴。藤の白紋がほどこされているため、一級の覡とひと目でわかる。
ただ、その人物がただの覡ではないことは、鼓御前も理解できた。
金糸で桐の紋が刻まれた、黒の羽織をまとっていたためだ。
「あらためて、ごあいさつさせていただきます。こちらが倅でございますれば」
竜胆のとなりには、鳶色の髪の少年がいた。
「九条桐弥だ」
鼓御前へ一礼したのち、桐弥は簡潔に述べる。
はい、存じあげております──そう鼓御前が笑みを返そうとしたところ。
「ふんっ!」
ぶぉんっ! 竜胆の平手が、突如として桐弥を襲う。
しかし桐弥は涼しい顔で首をそらし、ひょいと避けた。
「えっ……?」
なにが起きたのか、鼓御前はすぐにはわからなかった。
「軽々しく名乗るばかりか、御刀さまに対してなんたる態度っ!」
「僕が何者かなんて方々に知れたことだ。いまさらだろう」
「おまえは、次期当主としての自覚をもっているのか!?」
「充分もっている」
叱咤する竜胆。うんざりと眉根を寄せる桐弥。
「ふふ。相変わらず親子仲がよろしいようですね、竜胆さま」
そしてふたりの向かい。鼓御前の向かって右手側で、竜頭の面をつけた青年──千菊が、くすくすと笑みをもらす。
「あんたも目がおかしいな。いますぐ医者にかかったほうがいい」
「これ! 立花家ご当主殿になんという口の聞き方を!」
「……話が進まんな」
桐弥がため息まじりに口をとじる。らちが明かないと判断したらしい。



