「──はっ!」
夜明け前。
まだ薄暗い景色のなか、莇は刃をふるっていた。
「キィイイ!」
ぎょろりと一つ目を剥いた異形が両断されるや、煙のごとく立ち消える。
「……これで終いか」
しばし感覚を研ぎ澄ませた莇は、ほかに瘴気反応はなしと判断。
黒い煙のまとわりついた短刀を一閃したのち、音もなく鞘へおさめた。
ここは兎鞠島の北部に位置する墓地。
〝慰〟が出現したとのしらせを受け、莇はその討伐に奔走していた。
「若さま、周辺の〝慰〟の掃討、完了いたしました」
莇のもとに齢四十ほどの男が駆け寄り、報告をおこなう。
差袴の色は紫。
藤の白紋はなし。二級の覡だ。
腰には打刀を提げている。
男の名は山吹。
代々鬼塚家に仕える家の者だ。
「承知しました。ご苦労さまです」
「若さま……目下の者に、若さまが畏まられる必要はございません」
莇が律儀に頭を下げれば、山吹が困ったように眉を下げる。
だが莇は、静かに首を横にふるばかり。
「いえ、おれのほうが若輩者ですから。敬意を示すのは当然のことです」
莇の意思は堅いものであった。それゆえ山吹も、それ以上言い募ることはしない。
神宮寺家の者は莇を遠ざけたがるが、鬼塚家の者は真逆の態度を示す。
呪いを受けた忌み子だからと、莇を謗ることは一切ない。
莇の知るかぎり、義理堅く、武人と呼ぶにふさわしい勇猛果敢な者ばかりだ。
それは鬼塚家が、立花家に次ぐ〝慰〟の討伐実績を誇ることにも表れている。
「それにしても、先人たちの眠る場でなんと不敬な……あやかしどもめ、よもや墓荒らしをはたらこうとしていたのではあるまいな」
「……墓荒らし」
山吹のひとりごとを、そっくりそのままくり返しただけ。
しかしそのときだ。ツキンとこめかみのあたりが軋み、莇は顔をしかめる。
(なんだ、妙に胸がざわつく……)
無意識のうちに、莇は自身の首へふれていた。
すぐさまかぶりをふる。
気のせいだ、と。
「おれでも容易に祓える程度の〝慰〟ではありますが、ここ数日で出現数が確実に増加しています。よりいっそう警戒を強めていきましょう」
「若さま、ひとつよろしいですか」
「……はい?」
どこか硬い声音でつぶやく莇を、呼びとめる声がある。
「僭越ながら」と断りを入れた山吹は、莇をまっすぐに見据えたのち、口をひらく。
「あまり無理はなさいますな。あなたさまはまだお若い。年若い身に見合わぬ重責をになわれることを、鬼灯さまも望んではおられないでしょう」
「…………」
そうですね、そのとおりです──と。
迷いなく返せたなら、どれほどよかっただろう。
けれども莇は、それができなかった。
じぶんを案じてくれる彼へ、曖昧に薄笑いを返すことしかできずに。
「……出過ぎた真似を」
しばしの沈黙を受け、山吹は莇へ深々と一礼する。
「以後の処理はわたくしめにおまかせを。若さまはおもどりくださいませ」
彼がなにを言わんとしているのか、莇も理解する。
(そうだ、ぼうっとしているひまはない。『支度』をしなければ)
おのれには、やるべきことがある。
「あとはお願いいたします」
莇は礼を返すと、足早に駆けだす。
「……大丈夫……」
そして静まり返った薄闇の景色を駆け抜けながら、莇は独りごちるのだった。
「大丈夫です……おれはやり遂げてみせます、義父上」
夜明け前。
まだ薄暗い景色のなか、莇は刃をふるっていた。
「キィイイ!」
ぎょろりと一つ目を剥いた異形が両断されるや、煙のごとく立ち消える。
「……これで終いか」
しばし感覚を研ぎ澄ませた莇は、ほかに瘴気反応はなしと判断。
黒い煙のまとわりついた短刀を一閃したのち、音もなく鞘へおさめた。
ここは兎鞠島の北部に位置する墓地。
〝慰〟が出現したとのしらせを受け、莇はその討伐に奔走していた。
「若さま、周辺の〝慰〟の掃討、完了いたしました」
莇のもとに齢四十ほどの男が駆け寄り、報告をおこなう。
差袴の色は紫。
藤の白紋はなし。二級の覡だ。
腰には打刀を提げている。
男の名は山吹。
代々鬼塚家に仕える家の者だ。
「承知しました。ご苦労さまです」
「若さま……目下の者に、若さまが畏まられる必要はございません」
莇が律儀に頭を下げれば、山吹が困ったように眉を下げる。
だが莇は、静かに首を横にふるばかり。
「いえ、おれのほうが若輩者ですから。敬意を示すのは当然のことです」
莇の意思は堅いものであった。それゆえ山吹も、それ以上言い募ることはしない。
神宮寺家の者は莇を遠ざけたがるが、鬼塚家の者は真逆の態度を示す。
呪いを受けた忌み子だからと、莇を謗ることは一切ない。
莇の知るかぎり、義理堅く、武人と呼ぶにふさわしい勇猛果敢な者ばかりだ。
それは鬼塚家が、立花家に次ぐ〝慰〟の討伐実績を誇ることにも表れている。
「それにしても、先人たちの眠る場でなんと不敬な……あやかしどもめ、よもや墓荒らしをはたらこうとしていたのではあるまいな」
「……墓荒らし」
山吹のひとりごとを、そっくりそのままくり返しただけ。
しかしそのときだ。ツキンとこめかみのあたりが軋み、莇は顔をしかめる。
(なんだ、妙に胸がざわつく……)
無意識のうちに、莇は自身の首へふれていた。
すぐさまかぶりをふる。
気のせいだ、と。
「おれでも容易に祓える程度の〝慰〟ではありますが、ここ数日で出現数が確実に増加しています。よりいっそう警戒を強めていきましょう」
「若さま、ひとつよろしいですか」
「……はい?」
どこか硬い声音でつぶやく莇を、呼びとめる声がある。
「僭越ながら」と断りを入れた山吹は、莇をまっすぐに見据えたのち、口をひらく。
「あまり無理はなさいますな。あなたさまはまだお若い。年若い身に見合わぬ重責をになわれることを、鬼灯さまも望んではおられないでしょう」
「…………」
そうですね、そのとおりです──と。
迷いなく返せたなら、どれほどよかっただろう。
けれども莇は、それができなかった。
じぶんを案じてくれる彼へ、曖昧に薄笑いを返すことしかできずに。
「……出過ぎた真似を」
しばしの沈黙を受け、山吹は莇へ深々と一礼する。
「以後の処理はわたくしめにおまかせを。若さまはおもどりくださいませ」
彼がなにを言わんとしているのか、莇も理解する。
(そうだ、ぼうっとしているひまはない。『支度』をしなければ)
おのれには、やるべきことがある。
「あとはお願いいたします」
莇は礼を返すと、足早に駆けだす。
「……大丈夫……」
そして静まり返った薄闇の景色を駆け抜けながら、莇は独りごちるのだった。
「大丈夫です……おれはやり遂げてみせます、義父上」



