* * *
虎尾が部屋を出ていってしばらく。
鼓御前は、つきっきりで桐弥の看病をしていた。
先ほど検温をしていた虎尾によると、桐弥の体温は三十八度七分。
人の身においては高熱であり、絶対安静が必要な状態らしい。
「熱いわ……」
鼓御前はひながしてくれたように、濡れたタオルを桐弥のひたいにのせる。
「おつらいですよね……父さまが、はやくおげんきになりますように」
そして、ただひたすらに祈ることだけだ。
神が神頼みだなんて、笑ってしまうけれど。
「……天」
「えっ」
かすれた声で、名を呼ばれる。
はっとした鼓御前が顔を向けると、桐弥がこちらを見上げていた。
「父さま、お目覚めになられたのですか? あ、いけません、まだ寝ていなくては!」
「これくらい……どうってことはない」
鼓御前が押しとどめるも、桐弥は布団から上体を起こしてしまう。
宙をさまよった紫水晶のまなざしが、ぼんやりと鼓御前を映す。
「ひどく、ひさしぶりな気がするな」
「そうですね。近ごろはお会いする機会がなく……二週間ぶりかと」
鼓御前が返すと、桐弥は黙りこんでしまう。
なにを考えているのだろうか。
鼓御前がそっと様子をうかがうと、桐弥が静かに口をひらいた。
「……きつね」
「はい?」
「狐と聞いて、なにか思うことはないか」
唐突な問いだった。
狐。たしかに覚えはある。それこそ先ほど虎尾が話題にしていた。
(父さまがおっしゃっているのは、お世話をなさっている狐さんのこと、ですよね……)
それはわかる。
けれどその狐がどうしたというのだろう。
桐弥の問いは、まるで。
(まるで、その狐さんとわたしに、なにか関係があるような……)
そう思い至ったとき。
ツキンとこめかみが痛み、鼓御前は顔をしかめた。
「うっ……」
「……僕が悪かった。無理に思い出さなくていい」
「おもい、だす……」
「もういい、天」
頭を抱えれば、なだめるように背をさすられる。
ズキズキと、頭痛がする。
突然意味がわからない。
けれど桐弥の腕のなかで、鼓御前はひとつだけ理解できることがあった。
(わたしは、なにかたいせつなことを、忘れている……?)
それはおそらく、おのれが『鼓御前』と呼ばれるより以前の──
「いまはまだ、いい。いずれ、すべてが明らかになるだろう」
抱きしめる桐弥の腕に、ぐっと力がこもる。
「おまえは……おまえだけは、命を懸けて、僕が守る──天鼓丸」
頭上にこぼれた静かな声音は、まるで子守唄。
一方で、この身をつつむ体温は熱い。
焼けるようだ。
灼熱の炎に熱され、鉄槌で打たれる感覚が、脳裏をよぎる
それなのに、『あの日』の光景は、もやがかかったように曖昧で。
「父さま……わたし、は……」
遠のく意識を、鼓御前はつなぎとめることができない。
うわごとのようにつぶやいたのち、少女は父の腕のなかで、意識を落としたのだった。



