御刀さまと花婿たち

 寮の部屋で、桐弥は荷づくりをしていた。
 とはいえ、用意するのは着替えくらい。
 しかも明日からしばらくは制服も必要ない。
 外すことのできないものといえば、仕事道具の入った鞄だけだ。

 かたり。
 物音が聞こえた気がして、桐弥は黙々と動かしていた手もとから視線をあげる。
 こんなところをたずねてくる物好きは、そう多くない。

「……風汰(ふうた)?」

 無意識のうちに口からこぼれた声は、かすれていた。
 桐弥はぼんやりと室内を見まわし、信じられないものを目にする。

「お邪魔するわね──ってなにしてんのよ、九条ちゃん!」

 虎尾だ。
 そう認識すると同時に、桐弥は眉間にしわを寄せる。
 そうだった。
 彼はこの部屋の合鍵を持っているのだった。

「……またあんたか。見てわかると思うが、僕はいま忙しい。帰ってくれ」
「聞こえませーん。お布団敷くから、はい、横になる! あなた病人なのよ!?」

 不機嫌な桐弥に冷たくあしらわれても、虎尾は動じない。
 それどころかさっさと部屋に上がりこみ、押し入れから布団を引っ張りだす。
 そこまではまぁよかった。
 問題はここからだ。

「父さま、調子をくずされているとお聞きしました。お加減はいかがでしょう……?」
「…………は?」

 聞いてはいけない声を聞いた。
 ここにいるはずのない少女のものだ。
 だが腰に手を当てて指図してくる虎尾の背から、ひょっこり顔を見せた少女は、見間違いようもなく。

(てん)……なんでここに」

 そう、鼓御前だった。
 うろたえたのも一瞬のこと。
 すぐに動揺をため息に変えた桐弥は、じとりと虎尾をにらみつける。

「余計なことをしてくれたな」
「知らないうちにオトーサマが無茶をしてぽっくり逝っちゃったら、それこそつづちゃんが可哀想でしょうが」
「僕はそんなに貧弱じゃない」
「だったらそのしつこい風邪、さっさと治したらどう? まったく……」

 ひとしきり桐弥と舌戦をくり広げた虎尾は、らちが明かないと踏んだのだろう。

「ウダウダ言ってる子は、アタシ直々に寝かしつけてあげようじゃないの──」

 そうして、虎尾が不敵な笑みを浮かべた直後だった。

「──ふっ!」

 どす、と鈍い音がひびく。
 虎尾のこぶしが、桐弥の鳩尾に容赦なく叩き込まれたのだ。
 かくりと、桐弥がひざからくずれ落ちる。

「造作もないわね」
「えっ……あら?」

 いま、とんでもないことが起きた気がする。
 なにが起こったのか、遅れて理解した鼓御前は……

「は、花ちゃんおねぇさまーっ!?」

 当然ながら、あたり一帯に悲鳴をひびきわたらせたのであった。