御刀さまと花婿たち

「莇ちゃん、ちょっといいかしら」
「はい?」
「えいっ」
「あたぁっ!」

 ばちんっ!
 なかなか痛そうな音がひびいた。
 ふり返った莇に、虎尾がいわゆるデコピンを炸裂させたのである。

「いいこね……よいこすぎるわよ。莇ちゃんはもうちょっとグレるべきだわ」
「ぐ、グレる……」
「忘れてるかもしれないけど、あなたはまだ十六歳の男の子なのよ? あおちゃんくらいの非行に走っても、若気の至りですまされるくらいよ」
「俺はべつに非行に走ったりしてない」
「とにかく、頭のかったいおじいさまたちの言いなりになる必要なんかないの。もっと自由に生きなさい!」
「と言われましても……ぐぇっ」

 じんじんと痛むひたいを押さえていた莇だが、今度は唐突な息苦しさに見まわれる。
 思わず首もとに手をやる。
 するとなんだろう。
 首に、布のようなものが巻きつけられていた。
 さきほど強引にほどかれたさらしではない。手ざわりのいい、薄青色のストールだ。

「はい、痣のほうは問題ないわね」
「これは……?」
「授業も特訓もがんばってるし、アタシからのごほうびよ」

 莇は信じられない気持ちで、ストールに手をやる。
 ひんやりとした素材で、きもちいい。
 そして多くを言われずとも、虎尾が霊力をこめてつくった代物であることが理解できた。
 莇の霊力が暴走しないよう、痣を保護する効力があるのだろう。

「虎尾先生は、このためにおれを呼んでくださったのですね」
「どうせ首を覆うなら、オシャレしたほうが気分がいいじゃない?」

 ぱちん。
 虎尾はお得意のウインクとともに、笑みを浮かべる。

「そんなこと、考えたこともありませんでした……」

 じぶんさえ辛抱すればいい。
 そう考えていた莇に、虎尾の行動は思ってもないものだった。

「あなたのそれは、『欠点』じゃなくて『個性』なんだからね」
「……ありがたく、頂戴いたします」
「んもう、律儀な子ねぇ」

 莇が深々と頭を垂れるので、虎尾は苦笑する。

(花ちゃんおねぇさまは、つねにまわりのひとたちのことを気遣っていらして……ほんとうに、すごい方だわ)

 ふたりをかたわらで見守りながら、鼓御前も、じんわりとあたたかな気持ちになった。

「みなさま、本日は夕食をご用意しますので、お召し上がりになっていってください」
「姉上、よろしいのですか?」
「当然よ。あなたたちも、おなかが空いているでしょう」
「みんなでお食事、いいですね! わたしもお手伝いします!」

 ひなに続き、鼓御前も足取り軽く台所へ向かう。

「うふふ。ひなさん、うれしそうですね」

 鼓御前が笑いかけてくる。
 蛇口をひねり、流水に手をひたしていたひなは、

「そうでしょうか? ……そうかも、しれませんね」

 と、どこか気恥ずかしそうに返したのだった。



 まだ青い空。
 太陽も、水平線の向こうに隠れることをためらっているかのようだ。

「夏は短夜(みじかよ)。……今年も、この季節がやってきたのね」

 縁側へ出た虎尾は、人知れず言葉をもらす。
 ふいに強く吹いた風にさらわれ、ちりんと、風鈴がその音をひびかせた。