御刀さまと花婿たち


  *  *  *


 急いで部屋を飛びだす鼓御前。
 すぐに、居間であわただしく動き回るひなのすがたを見つけた。

「ここに座りなさい」
「姉上、ただのかすり傷ですから、ご心配は……」
「動かない!」
「はいっ!」

 居間には、(あざみ)がいた。
 全身にすり傷や打撲痕をこさえており、その手当てにひなが奔走していたのだ。

「これはいったい……?」
九条(くじょう)センパイにやられたんだよ」
「えっ……葵葉!?」

 神社をおとずれたのは、莇だけではなかった。
 莇同様ぼろぼろの葵葉が座布団の上であぐらをかき、ふてくされている。

「葵葉。御父(おとう)さま──九条先輩は、昇級試験をひかえたおれたちの特訓に、わざわざ時間を割いてくださったんだぞ」
「聞こえはいいけどよ、結局は俺らがサンドバッグにされただけじゃん。あのひとどんだけ虫の居所が悪かったんだよ」
(とと)さまが、葵葉と莇さんを……?」

 葵葉と莇の話を総合すると、ふたりをボコボコにしたのは桐弥らしい。
 特訓の一環らしいが、たしかにそれにしては痛々しすぎる。
 莇の手当てはひながしているので、鼓御前は葵葉の手当てをすることに。
 そうこうしていると、遅れて虎尾がやってくる。

「あらあら。ウチの九条ちゃんがごめんなさいねぇ」
「ぜんっぜん悪気が感じられないんだけど! つーか容赦なくぶん殴るわ、投げ飛ばすわ、あのひとホントに手入れ師か!?」
「そうはいってもねぇ。手入れ師以前に、一級の覡だし。もしかしてあおちゃん、覡の昇級条件を忘れちゃったのかしら?」

 わざとらしい虎尾の発言に、葵葉がぐっと口をつぐむ。
 むろん、忘れるはずなどない。
 脇差(わきざし)をあつかうことのできる二級の覡となるためには、〝(ヤスミ)〟の討伐実績が必要。
 ちなみに葵葉がぶつくさ文句を言っている桐弥は、それより上、一級の覡だ。

「九条ちゃんが二級に上がるときの話、教えてあげましょうか? あの子、刀を使いたがらなかったのよ。いま思えば、つづちゃん以外の刀をにぎりたくなかったのかもね」
「それなのに、九条先輩はどうやって昇級を……?」
「知りたい? あの子ね、刀を打つ大鎚(おおづち)で〝(ヤスミ)〟をぶっ飛ばしたのよ」
「はっ……?」
「かわいい顔して、やることが豪快よねぇ!」

 虎尾が高らかに笑い声をひびかせる一方で、莇の顔が青ざめる。
 葵葉にいたっては「聞かなきゃよかった……」と頭をかかえていた。

「裏方だからって舐めてたら、痛い目見るわよ」

 桐弥が手入れ師であるように、虎尾も結界師であり、鞘師だ。
 そうした肩書きがあるというだけで、一級の階級をもつ覡。
 それは、数々の死線をくぐり抜けてきたあかしである。

「そんなわけで。今後の教訓にしてちょうだい──ぼうやたち?」

 凄みのある虎尾の笑みを前に、少年たちは圧倒されるほかなかった。

「ま、タイミングが悪かったのは事実ね。九条ちゃん、いまはすこぶるご機嫌ナナメみたいだから」

 肩をすくめた虎尾が、鴨居をくぐる。
 それから葵葉、莇の順に、頭をひとなでした。

「あれ……?」
「なんだ……?」

 異変は、すぐにおとずれる。
 葵葉と莇を苦しめていた痛みが、すぅっと消え去ったのだ。
 ひな、そして鼓御前も絶句する。
 虎尾がふれたとたん、淡い光とともに少年たちの傷が完治したのは、見間違いではない。

(すごい治癒能力……ひとの身でここまでの霊力をお持ちの方は、いらっしゃらないのでは?)

 手入れ師しかり、覡が癒やしの力を発揮するのは、御刀さまに対してのみだ。
 ひとがひとの傷を癒やすことはできない。霊力とは、そういうものであったはずだが。

「アタシのことが気になる? ふふ、残念」

 肝心の虎尾は、口もとに人さし指を添え、「ヒ・ミ・ツ」と笑むだけ。

「さーて。お待ちかねのぼうやたちも来たことだし、お仕事しましょうかねぇ」

 この場にいる全員の注目を受けながら、虎尾はまばゆい笑みで、こんなことをのたまうのだった。

「それじゃあ、そのボロッボロの服を脱ぎましょうか、莇ちゃん!」
「…………はい?」