御刀さまと花婿たち

「上の空っていうの? 最近のつづちゃん、立花センセの前だとなーんかあたふたしてるのよね。当の立花センセは、ほほ笑ましげにながめてるだけだし。そこまで見れば、だいたいの事情は察するわよ」
「よ、よくごらんになっていますね……」
「要するに、恋がなにかもわかってない純粋無垢な乙女、しかも、教え子に手を出したってことでしょ? そんな男はぶん殴ってやりゃいいのよ!」
「あわわ……落ち着いてください、花ちゃんおねぇさまー!」

 虎尾、ガチギレ。
 あまりの怒り具合に、なだめようとこころみる鼓御前だが、半泣きだ。

「……アタシとしたことが、熱くなっちゃったわ」

 麦茶を飲み干した虎尾が、ふー……と息をつく。
 落ち着きは取りもどしたようだが、不満はおさまらないようで。

「いいこと? だいじなのはつづちゃんの気持ちよ。元主だとか関係ないわ。あなたが嫌なことは、ちゃんと嫌って言わなきゃだめよ!」

 男女の恋愛について、鼓御前が相談できる相手はすくない。
 ひなか、じぶんくらいなものだろう。
 ならばじぶんを信頼して相談してくれた鼓御前が傷つかずにいられるように、虎尾は助言をしたかったのだ。

「あるじさまが、嫌なわけではないのです……」

 ぽつりと、鼓御前がもらす。

「わたしも、あるじさまがすきです。でも、それはあるじさまがお望みのものとは、ちがうようでした」

 結果、千菊(ちあき)を怒らせてしまった。

 どう反応すべきだったのか。
 なんと言葉を返せばよかったのか。
 あれからずっと、鼓御前は考え続けている。 

「『じぶんの感情が、相手とはちがう感情だった』──そう気づけただけでも、よかったんじゃない?」
「……え?」
「つづちゃん、ちょっとそっちに行くわね」

 虎尾はそういって腰を上げ、縁側で呆けている鼓御前のもとへやってくる。
 そして、鼓御前の手からそっと取りあげた日傘を閉じ──

 ふわり。ほのかな甘い香りが、鼓御前をつつみ込む。

「……花ちゃん、おねぇさま?」

 数拍ほど置いて、鼓御前は虎尾に抱きしめられていることを理解した。

「教えて。アタシにふれられるのは、どんな気持ちかしら?」

 問う虎尾の声音は、じつにおだやかなものだ。

「そうですね……」

 うまく言語化はできない。
 ただ千菊や葵葉(あおば)に抱きしめられたときのような感覚とは、すこしちがう。
 たとえるとすれば。
 虎尾の腕につつまれるこの感覚は、桐弥(きりや)に抱きしめられたときのような『安心感』に似ている。

「花ちゃんおねぇさまに抱きしめられると、ほっとします……まるで、鞘のなかにいるときみたい」

 朱色の長羽織を贈られたときもそうだった。
 だいじにしたい、守りたいという虎尾の想いが、つたわってくるのだ。

(花ちゃんおねぇさまの霊力は、心地よくて、なんだかなつかしいわ……どうしてかしら)

 このまま身をあずけてもかまわないという、絶対的な安心感がある。
 ほう……と感嘆をもらして、虎尾にもたれかかる鼓御前。
 その頭上で、息をのむ気配があった。

「……うれしいことを、言ってくれるわね」

 思わず見上げたさきで、虎尾はほほ笑んでいた。
 唐茶色の瞳がわずかにゆらいで見えたのは、気のせいだろうか。

「つづちゃん。鈍感なひとはね、いつまでたってもひとの気持ちに気づかないのよ。だから立花センセの気持ちとじぶんの気持ちはちがう、そう気づけただけで、あなたはすごいの」
「そうでしょうか……?」
「そうよ。ちゃんと前に進めてる。自信をもって」

 さらさらと、髪を梳かれる感触がある。
 虎尾に頭をなでられる感触だ。
 そのあまりの心地よさに、鼓御前はまぶたを閉じて感じ入る。

「そういえば。つづちゃんからの質問に答えてなかったわね」

 さらり、さらり。鼓御前の頭をなでながら、虎尾がつぶやく。

「アタシがだれかを好きになったことがあるかって話。答えは、『はい』よ。アタシには、とても手の届かないひとだったけどね」
「花ちゃんおねぇさまには、手の届かないひと……?」
「えぇ。……とても、やさしいひとだったわ。泣きたくなるくらい」

 虎尾のいう人物がだれなのか、鼓御前に知るすべはない。
 けれど、ひとつだけわかることは。

「花ちゃんおねぇさまは、いまもその方のことを──」

 確信を胸に、鼓御前は口をひらく。
 だが、その言葉が最後までつむがれることはない。

「──あなたたち! どうしたんですか、その怪我は!」

 どこからともなく聞こえてきた、ひなの声にかき消されて。