傷の手当てが終わるころには、日が暮れていた。
ぱちぱちと爆ぜる囲炉裏の火を見つめながら、男が口をひらく。
「ひとってのは、じぶんではどうにもできないつらいことを、なにかのせいにする。そうしないと、じぶんを保てないからだ」
「……?」
「要するに。このところの飢饉も、災害も、おまえのせいじゃないってことだ」
「──!」
「こんな小狐が、ほいほい天変地異を起こせるもんか。阿呆どもめ」
なぜ、じぶんがこんな理不尽な目に遭わなければならないのか。
狐を苦しめていたその原因を、男は的確に見きわめ、そして一蹴した。
──どうして。
とたんに、狐の胸にあふれる感情がある。
──どうしてこのひとは、わたしにやさしくしてくれるのだろう。
ここまでくれば、彼がいままで目にした人間とちがうことは、明白だった。
「おまえ、刀は知ってるか」
唐突な言葉は、相も変わらず。
けれど狐は、茶色の瞳で男を見上げる。
たしかな意思をもって、その言葉に耳をかたむける。
「僕は刀を打つ刀鍛冶だ。といっても、兄弟子にも厄介者あつかいをされている、嫌われ者だがな」
男の声に抑揚はない。
淡々とつぶやきながら、かたわらの石ころを手にとる。
いや。石ころなんかじゃない。
あれは、原石だ。
彼の手が、あの原石から鋼の刃をつくりだすのだ。
それはきっと、うつくしいものなのだろう。彼のこころのように。
──見てみたいな。
狐の茶色の瞳が、きらきらとかがやきをおびる。
「おまえをひろったのは僕のきまぐれだ。あとはどこへでも行くなり、好きに──」
と言いかけて、男は途中で口をつぐむ。
「──なんだ、その顔は」
そして怪訝そうに眉を寄せた。
瞳をかがやかせ、ぶんぶんとしっぽを振る狐に、どう反応をすればいいのか困っているようで。
──どこへなりとも、行くがいい。
この日、告げられるはずだった言葉をよそに、狐は男のもとに入り浸るようになった。
そのうちに、男が紫榮と名乗っていることを知った。
山小屋でひとりきり。
黙々と仕事をする紫榮の背中を見つめながら、狐はずっと考えていた。
──わたしはあなたに、いつか恩返しがしたいのです、と。
ずっと……ずっと考えていた。
「僕みたいなやつのところに押しかけてくるなんて。おまえも物好きだな、風汰」
そう、ずっと考えていた。
千年ぶりに彼の魂とふたたびめぐりあえたいまも、ずっとずっと、考え続けている。
たとえ彼の記憶が欠け落ちていたとしても、考えることをやめないだろう。
──紫榮さま。わたしは、あなたを……
ありし日の面影をやどす少年に寄り添いながら、風汰は今日も考えていた。
狐の恩返しだなんて、おとぎ話みたいなことが実現する日を夢見て。
ぱちぱちと爆ぜる囲炉裏の火を見つめながら、男が口をひらく。
「ひとってのは、じぶんではどうにもできないつらいことを、なにかのせいにする。そうしないと、じぶんを保てないからだ」
「……?」
「要するに。このところの飢饉も、災害も、おまえのせいじゃないってことだ」
「──!」
「こんな小狐が、ほいほい天変地異を起こせるもんか。阿呆どもめ」
なぜ、じぶんがこんな理不尽な目に遭わなければならないのか。
狐を苦しめていたその原因を、男は的確に見きわめ、そして一蹴した。
──どうして。
とたんに、狐の胸にあふれる感情がある。
──どうしてこのひとは、わたしにやさしくしてくれるのだろう。
ここまでくれば、彼がいままで目にした人間とちがうことは、明白だった。
「おまえ、刀は知ってるか」
唐突な言葉は、相も変わらず。
けれど狐は、茶色の瞳で男を見上げる。
たしかな意思をもって、その言葉に耳をかたむける。
「僕は刀を打つ刀鍛冶だ。といっても、兄弟子にも厄介者あつかいをされている、嫌われ者だがな」
男の声に抑揚はない。
淡々とつぶやきながら、かたわらの石ころを手にとる。
いや。石ころなんかじゃない。
あれは、原石だ。
彼の手が、あの原石から鋼の刃をつくりだすのだ。
それはきっと、うつくしいものなのだろう。彼のこころのように。
──見てみたいな。
狐の茶色の瞳が、きらきらとかがやきをおびる。
「おまえをひろったのは僕のきまぐれだ。あとはどこへでも行くなり、好きに──」
と言いかけて、男は途中で口をつぐむ。
「──なんだ、その顔は」
そして怪訝そうに眉を寄せた。
瞳をかがやかせ、ぶんぶんとしっぽを振る狐に、どう反応をすればいいのか困っているようで。
──どこへなりとも、行くがいい。
この日、告げられるはずだった言葉をよそに、狐は男のもとに入り浸るようになった。
そのうちに、男が紫榮と名乗っていることを知った。
山小屋でひとりきり。
黙々と仕事をする紫榮の背中を見つめながら、狐はずっと考えていた。
──わたしはあなたに、いつか恩返しがしたいのです、と。
ずっと……ずっと考えていた。
「僕みたいなやつのところに押しかけてくるなんて。おまえも物好きだな、風汰」
そう、ずっと考えていた。
千年ぶりに彼の魂とふたたびめぐりあえたいまも、ずっとずっと、考え続けている。
たとえ彼の記憶が欠け落ちていたとしても、考えることをやめないだろう。
──紫榮さま。わたしは、あなたを……
ありし日の面影をやどす少年に寄り添いながら、風汰は今日も考えていた。
狐の恩返しだなんて、おとぎ話みたいなことが実現する日を夢見て。



