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ざくざくと、落ち葉をふみしめる音がする。
だれかの足音が、近づく音だ。
「こんなところでなにしてる、ちび」
ひとの声がして、狐は重いまぶたをこじあける。
とたん、鮮烈なくれないの色が一面にひろがった。
──紅葉だ。
燃えるような色に染まった葉が、視界を埋めつくしている。
くれないの落ち葉にまみれ、横たわる狐。
それを、ひとりの男が見下ろしていた。
──あぁ、人間だ。
狐はぼんやりとかすむ茶色の瞳で、男を見上げる。
男も、じっと狐を見つめていた。
全身に殴られ、切りつけられた痕。
しっぽの毛はむしられ、泥や苔まみれになった毛並みは、元の色もわからない。
「妖狐が出たと、まちのやつらがさわいでいた」
──ちがう。
畑を荒らしたわけでも、襲いかかったわけでもない。
染まりゆく葉をながめたくて、ちょっと山のなかを歩いていた。ただそれだけのこと。
それなのに執拗に追い回し、痛めつけてきたのは、人間のほうだ。
なぜ、じぶんがこんな目に遭わなければいけない?
狐はふと、人影が近づくのを感じる。
見ればしゃがみこんだ男が、こちらへ手をのばすところだった。
──さわるなッ!
本能だった。狐は男の右手に噛みつく。
牙が食い込んだ親指の付け根から、たらりと生温かい血がしたたる。
が、狐はそこで異変に気づく。静かなのだ。
噛みつかれたというのに、男はふり払うわけでも、怒号を飛ばすわけでもない。
「僕はお人好しじゃない」
唐突に、男が口をひらく。
その意味を、狐はすぐには理解できない。
「死にたいやつは好きにすればいい。おまえみたいなちびが行き倒れていたところで、僕も気にしない」
「ただ」と一度言葉を切った男が、数拍をおいて狐を見つめ返す。
「こうして悪あがきをするくらいには、おまえも世の理不尽に腹を立てているんだろう」
──虚を、衝かれたようだった。
こんなちっぽけな動物にも、こころがある。
そうして狐という存在を尊重していなければ、口から出るはずのない言葉だ。
「生きたいんだろう」
その言葉を耳にして、そうか、と狐は腑に落ちる。
じぶんは生きたかったのだ。あきらめたくなんて、なかった。
「おい、そこの」
「──!」
ふいに野太い声がひびき、狐は戦慄した。
あれは、じぶんを追い回していた百姓のもの。もう追いつかれたのか。
「このへんで、妖狐を見なかったか?」
狐がぴしりと身をこわばらせていると、突然首根っこを引っつかまれる。
おどろく狐を、男は自身のふところにつっこんだ。それからふり返らないまま、百姓へぶっきらぼうに言い放った。
「そんなもん見てない。妖狐だって? あんた、まぼろしでも見たんじゃないか」
「なっ……!」
「仕事があるんでな。失礼する」
言うやいなや、男は颯爽とその場を去る。
着物の袖で覆いかくした狐を、ふところにかかえたまま。
ほどなくして、男は山小屋にやってきた。
慣れたように戸口をあけ棚をあさっているところを見れば、男が住んでいる場所だということはすぐにわかった。
「じっとしてろ」
男はまず、汲んできた井戸水で狐の汚れを洗いながした。
次に薬草をすりつぶし、特製の軟膏を傷口に塗る。
無愛想な態度とは裏腹に、狐の手当てをする手つきはやさしいものだった。



