御刀さまと花婿たち


  *  *  *


 ……とんとん。

 鼓御前の意識が、ぼんやりと浮上する。
 からだじゅうが重くて、まぶたがあげられない。
 けれども、泥沼に沈むような感覚が、しだいに薄れはじめた。

 とんとん、とんとん。

 それは、打粉を打つ音。
 鼓御前の刀身が、手入れされる音だ。

(きもちいい……それに、なつかしい)

 その感覚を、鼓御前はよく知っていた。
 手入れとともに、霊力が注ぎこまれる。
 父のそれは、清らかな水で汚れを洗い流すような感覚。
 一方でいま鼓御前を満たすのは、あたたかな陽のひかりが、悪いモノを消し去ってくれる感覚。
 陽だまりにつつまれるようなこの感覚が、鼓御前はだいすきだった。

「──あるじ、さま……」

 鼓御前が目を覚ましたとき、自室の布団に寝かされていた。

「気がつきましたか」

 障子越しに朝陽が射し込む部屋で、千菊は鼓御前の布団のそばに座っていた。

「からだは大丈夫?」

 竜頭面をつけていないからだろうか。
 やわらかな笑みをじかに向けられて、鼓御前はどきりと胸がさわぐのを感じた。

「あ……はい。御手入れをしてくださったのですよね。ありがとうございます」

 無性に落ち着かない。
 なぜか千菊と目を合わせるのが恥ずかしい。
 鼓御前は布団をぐっと引っぱりあげ、顔の半分をかくす。

「それより、あるじさまはおやすみになられていないのでは……?」
「一晩寝なかったくらいで、ひとは死にませんよ」

 千菊は笑みをこぼす。
 手入れが終わってからも、鼓御前が眠っている一晩のあいだ、ずっとそばにいてくれたのだろう。

「御手入れ……そうだわ、わたしっ……!」

 そもそも、どうして手入れをされるまでに至ったのか。
 事の経緯を思いだした鼓御前は、我に返ったように布団をはねのける。
 そのまま畳に手をつき、深々と頭を下げた。

「……申し訳、ございません」
「どうして謝るのですか?」
「情けないところをお見せしました。よくないモノを斬るのは、刀の付喪神であるわたしの役目。それなのに、泣き言を言ってしまって……」

(ヤスミ)〟と同化してしまった紫陽を、斬ることはできない、無理だ。
 そう激しく取り乱してしまったことを、鼓御前は悔いているのだ。

(わたしはこの島で祀られてきた神刀。愛すべき人の子を守るために、毅然とすべきだったのに)

 畳にひたいをこすりつけた鼓御前の頭へ、そっとふれる手がある。