御刀さまと花婿たち

 閑静な住宅地に『神域』の発生を確認。
 原因は不明。結界師は急行せよ。

「で、急いで来てみたはいいものの……これ、アタシ必要なかったんじゃない?」

 民間人に影響がおよばぬよう、『神域』の拡大を防ぐ必要があった。
 そのため結界師──虎尾(とらお)が、急遽派遣されたわけなのだが。

「さすがは立花センセ。お仕事が早いわねぇ」

 甘味処『はなや』に隣接する住居にて。
 庭先で虎尾がしなやかな腕を組み、感心したようにうなずく。
 このところ降り続いていた雨もあがった。
 やわらかな茜色の空の向こうに、七色の橋が架かっている。

「絶景だわぁ」

 そして虎尾の目前では、いじらしく色づいた桜の木が満開に花を咲かせていた。
 夕焼けの虹も、この桜の美しさには敵わないだろう。

 ──紫陽桜。
 この木にやどった桜の精が、神気を暴走させた。
『はなや』の店主ふゆを、無理やり島の外へ連れだそうとする親戚から守ろうとしたのだ。
 それこそが、『神域』の発生原因。
 今回の事件の真相だ。

「『神域』は消滅。瘴気反応もなし。ふゆおばあちゃまも念のため病院で診てもらうことになったけど、大丈夫そうね」

 ひととおり現場検証を終えた虎尾は、「さてと!」とふり返る。

「そういうわけだから、つづちゃんはもう神社に帰ったみたいよ。九条ちゃん」

 虎尾の背後には、桐弥(きりや)のすがたがあった。
『典薬寮』から派遣されたのは虎尾のみだが、さわぎを耳にして、いち早く駆けつけたのだろう。

「つづちゃんのことが心配?」
「言うまでもないことを」

 くすりと笑う虎尾。
 桐弥は淡々と返し、背を向ける。

「そうそう、立花センセからの伝言よ。『御刀さまは私が責任をもってお送りしますので、ご心配なく』ですって」

 ぴたりと桐弥が歩を止める。
 その表情が、みる間に険しくなっていく。

「一時的とはいえ、堕ちた祟り神の穢れを祓ったのなら、かなり消耗しているはずだ。僕が行かなくてどうする」
「さてね。アタシは伝言をそのままつたえてるだけだから」

 桐弥は舌打ちをする。
 千菊は桐弥がここに来ることを予測していた。
 そのうえで、こんなばかげた伝言を虎尾に託したわけだ。
『心配はいらない』とは、『余計なことはするな』という意味である。

「九条一級神使──待機、です」

 千菊の口調で、虎尾が告げる。
 上官にあたる千菊からの指示ならば、よほどの理由がないかぎり、桐弥が異をとなえることはできない。

「……つくづく、気に食わない」

 しばしの沈黙の後。
 桐弥は低くうなるようにつぶやいて、乱雑に差袴の裾をひるがえす。
 桐弥の背は、あっという間に見えなくなった。
 ほかにだれもいなくなると、虎尾は唐茶色の瞳で茜の空を見上げる。

「変わらないわねぇ……不器用なひと」

 どこかなつかしむようなひとりごとが、夕暮れ時のそよ風に吹かれて、消えていった。