* * *
──にくい、憎い憎い憎い。
(……いけない)
──邪魔者は、排除しろ。
(だめだ……)
──壊してしまえ。
なにもかも。
(嫌だっ……もうだれも、傷つけたくないっ!)
──ぶちり。
なにかが、ちぎれる音がした。
息ができないほど紫陽のからだに巻きついた黒い糸が、ほろほろと消えゆく。
(…………え?)
あっけにとられる紫陽が、そのとき目にしたものは──黒い刃だ。
じぶんをがんじがらめにしていた糸のように、禍々しいどす黒さではない。
たとえるなら、夜空のように澄んだ漆黒の刃。
その鋭いきっさきが、紫陽を苦しめる呪縛を、断ち切った。
呼吸ができる。意識が清明になる。
「……さま……紫陽さまっ!」
呼び声が届く。
かすむ視界に彼女が映り、紫陽はほっと息を吐いた。
「……ふゆ……ごめん、ね」
「謝らないで! あなたはなにも悪くない!」
桜の木の根もとに倒れ込んだ紫陽は、ふゆに抱き起こされていた。
鈍色の空から、さぁさぁと霧雨がふりしきる。
水墨画のようにぼんやりとした世界で、ふゆのすがただけが鮮明だ。
「御刀さまが悪いモノを祓ってくださったの。もう大丈夫ですから」
ふゆはそういって、そっと背をさすってくれる。
変わらぬそのやさしさが、紫陽の感情をふるわせる。
「でもぼくは、間違ってしまった……きみを遠ざけてしまった」
「紫陽さま……」
「あんなにきみが想いをつたえてくれていたのに、ぼくは……ぼくは……っ!」
紫陽の瞳から、とめどなく涙があふれだす。
ほほをすべり落ちたしずくは桜の花びらとなって、はらはらと地面に散る。
「もう、いいのよ」
自責の念にかられる紫陽へ、ふゆは静かにかぶりをふる。
「私のまわりから人が離れていったのは、なるべくしてなったこと。私は、じぶんが不幸だなんてちっとも思ってなかったわ」
うなだれる紫陽のこぶしに、ふゆのちいさな手がそっとふれた。
「だって、私は独りではなかった。小豆洗いや、私の作るお菓子を楽しみにしてくれる島のみんな……それに、あなたがいたんだもの」
「ふゆ……」
「あなたは悪いえにしを遠ざけて、良いえにしをつむいでくれたの。充実した人生だった。私にしあわせを運んできてくれて、ありがとう……」
「っ……!」
紫陽の視界が、じわりとにじむ。
けれど涙が出るのは、悲しいからじゃない。
ふいにふゆが右手を伸ばしてきて、紫陽の目もとにふれる。



