御刀さまと花婿たち

 ──三日後、紫陽はふゆを解放した。
 得体の知れないじぶんより、ひとに愛されるほうが彼女のしあわせだと思ったからだ。

「あやかしの嫁だ!」
「なんて気味の悪い……」

 けれど神隠しにあったふゆに、島の住民たちはいい顔をしなかった。
 縁談はなくなった。
 それどころか、ふゆのまわりからはどんどんひとが離れていった。

(ちがう……ちがう)

 紫陽は頭をかかえる。

(こんなはずじゃなかった。ぼくはふゆのために……なのにこんな……こんなことって)

 後悔したところで、どうしようもなかった。
 ふゆが家族からも見放され、孤立してゆくさまを、ただながめるだけ。

(あぁ……ぼくは疫病神なんだ)

 彼女の幸福のために植えられた桜が、彼女を不幸にしてしまった。
 なんて滑稽な話だろう。

(ごめん……ごめんね、ふゆ……ぼくのせいだ。きみはいろんなひとから、愛されるべきだったのに……)

 ひどく落ち込んだ紫陽は、それっきりすがたを現さなくなってしまった。

(もういいよ。こんな桜、切っちゃえばいい。消えてなくなりたい……)

 この世から、いなくなりたい。
 罪深いおのれに、もう存在意義などなかった。

「ねぇ、紫陽さま──」

 なのに。
 こんな仕打ちを受けてなお、ふゆは紫陽のもとへやってきた。

「どうして会ってくれないの? 顔が見たいわ」

 物言わぬ桜の木の幹にふれ、ふゆは語りかけてくる。
 明くる日も、明くる日も。

「私が嫌いになっちゃった?」
(そんなことはない! でも……)

 ふゆに合わせる顔がなかった。
 面と向かって謝罪を口にする勇気がなかった。
 この臆病者め。
 そうやって、紫陽はじぶんを責めることしかできなかった。

「ねぇ紫陽さま。私は、大丈夫よ。だからじぶんを責めないで」

 それは、紫陽の心を見透かしたような言葉だった。

「私はどこにも行かない。死ぬまであなたのそばにいる。約束するわ」
(ありがとう……ごめんね、ふゆ。こんな臆病者で)

 臆病者のじぶんは、ふゆにはふさわしくないけれど。
 彼女がそばにいてくれるなら、じぶんも彼女のそばにいよう。
 幸福をねがうだけなら、許されるはずだ。
 紫陽はそうじぶんに言い聞かせていた。

「──大丈夫よ。ふゆさんさえ島の外に連れだせば、こんな桜、すぐに処分できるわ」

 けれど、運命とは残酷なもので。
 数十年がたち、ふゆも年をかさねたころ。見知らぬ女が突然押しかけてきた。
 遠いむかしに縁を切った、ふゆの妹の孫娘らしい。
 女はほかの親族と結託して、ふゆを無理やり島から連れだそうとしていた。

 ──結婚間近で、婚約破棄をされたから。そんなどうしようもない理由で。

(ちがう……ちがう。ふゆは関係ない)

 女をひと目見て、紫陽は嫌悪感でいっぱいになった。
 ゆみというその女は、恋人に見限られた理由が、紫陽にあるのだという。
 紫陽花に似ているから。不吉な桜だ、と。

(ちがうだろ。因果応報だ。ふゆを巻き込むな)

 ゆみは邪気にまみれていた。
 彼女が身につけているものすべてが、負の感情をおびていた。
 その不幸は、おのれが呼び寄せたもの。
 しかし愚かなゆみは、それに気づかない。

 ほんとうなら、容赦なくこの島から叩きだしてやりたかった。
 だがふゆは心やさしい。
 ゆみのような人間でも、傷つくことを悲しむだろう。
 だから紫陽は神気をあやつり、ゆみたちに幻覚を見せた。
 怖がらせ、これ以上は近づくなと『警告』したというのに。

「──こんなモノ、枯れてしまえ……消えてしまえ!」

 ゆみは、救いようのない愚か者だった。
 やめて、と泣き叫ぶふゆの悲鳴を耳にしたとたん、紫陽の頭のなかは真っ白になった。

(あぁ、もう……耐えられない)

 瘴気にあてられた紫陽は、自身の感情を制御できなくなっていた。

(こんなことになるなら、いっそのこと──)

 視界が黒く染まる。紫陽の記憶は、そこで途切れた。