* * *
あっという間に六年がたった。
「ねっ、どうかしら?」
セーラー襟のついた紺のワンピース。
髪はおさげにして、頭には赤いベレー風の帽子。
十三歳になるふゆが、春から通う学校の制服とやらを披露しにやってきた。
いつものように桜の木の根もとに座り込んでいた青年は、にっこりと笑う。
『ふゆはお菓子作りが得意なんだねぇ』
「そうじゃなーい! 花より団子なの? この食いしんぼう!」
ふゆが悔しそうに地団駄をふむ。
というのも、じぶんそっちのけで、青年がもぐもぐと口を動かしているから。
「女の子にもうちょっと気の利いた言葉は言えないの? 紫陽さま……?」
粒あん、白あん、桜あん。
青年──紫陽の前には、笹の葉につつまれた三色団子ならぬ三色おはぎがあった。
ふゆお手製の『お供え物』である。
紫陽は力の弱い桜の精だ。
一般人では彼のすがたを目にすることも、ふれることもできない。
けれど、ふゆはちがった。
豊富な霊力を持つおかげで紫陽と会話ができた。
紫陽も、ふゆの霊力が込められたおはぎなら食べることができた。
「私……かわいくない?」
ほほをふくらませたふゆが、すねたように見上げてくる。
『そんなことないよ』
紫陽は否定をするが、明確な肯定もしない。
にこにこと笑顔でごまかす。
紫陽に抗議の視線を送っていたふゆが、しばらくしてため息をついた。
「……ごまかしてもだめだからね」
『うん? なにか言ったかい?』
「こっちの話よ」
紫陽が聞き返しても、ふゆはつんとそっぽを向くだけ。
「お夕飯の支度しなくちゃ。もう帰るわ」
『そっか。帰り道気をつけて』
「家ならすぐそこよ」
家へ向かって歩きだすふゆを、紫陽も引きとめはしなかった。
いつものように手をふりながら、笑顔で見送る。
そしてふゆのすがたが見えなくなると、ぽつりとこぼすのだ。
『……かわいいに決まってるじゃないか。帰したくなくなるくらい』
できることなら、いつまでもこの庭にとどめておきたかった。
だがそれはだめなのだ。
末席といえど紫陽も神の一柱。
帰さないと紫陽がひとたび口にしてしまえば、その言霊はふゆを縛りつける。
ふと、紫陽は木の幹に手のひらをふれあわせる。
さぁっと、茜色をおびた風が吹きつけた。
すこし、冷たい。
──へんないろ? ううん!
──あじさいみたいに、きれいなおはな!
ゆえに『紫陽』と、青年は名をもらった。
名を与えられた瞬間、紫陽にとってふゆは絶対的な存在となった。
無垢な彼女は知らないのだ。
神に名を与えることが、どれだけ危険なことか。
──神というものは、おのれに存在意義を与えてくれた者に対して、ひどく執着する。
『ごめんね、ふゆ。ほんとうはぼく……怒ってるんだ。だってきみ、ぼくじゃない桜に気を許したでしょう』
紫陽は唯一手をつけていない桜あんのおはぎを見おろし、抑揚のない声でもらした。
はじめて出会った季節に固執して、いつまでもダラダラと花を咲かせて。
そのくせ本心は明かさず、勝手に期待して、勝手に落胆して。
『……ぼくはきみを、人の道から外したくない』
たとえ『それ』が、きれいごとだとしても。
『きみのなかの、やさしいぼくのままでいさせて』
紫陽は、見て見ぬふりをする。
彼女のこころも、じぶんのこころも。
『人として、しあわせに生きるんだよ……ふゆ』
──彼女のためを想ったねがい。
それが彼女を傷つけることになるだなんて、紫陽は知るよしもなかった。



