御刀さまと花婿たち

「だよね! おにいちゃんいたもんね!」
『そうそ…………うん?』

 うっかりうなずきかけて、待てよと思いとどまる青年。
 ふゆはこちらを見あげ、にこにこしている。
 そこで青年は気づいた。
 ふゆのいう「おにいちゃん」はふゆの兄ではなく、じぶんのことなのだと。
 つまり、こどものつたない言葉をまとめると、ふゆが「いるもん!」と言い張っていた「かみさま」は、青年自身のことだったのだ。

『えぇっ! ぼく!? ぼくなんかただの桜だよ? しかも花咲かないし。そんな自慢してもらえるような神さまじゃないよ!』
「ふぇ……」
『あわわわ……!』

 全力で自虐をかましていたら、ふゆの大きな目がじわりと潤む。
 これに対する青年の焦りは尋常ではなかった。

『ごごっ、ごめんね! もう変なこと言わないからね、泣かないで!』

 こどものなだめ方など、知るはずもない。
 それでもなんとかふゆを泣きやませるため、『ほら、えがおえがお! ばぁっ!』と青年が笑みを浮かべたときだった。

 ──ぱっ!

 花が、咲いた。

『…………うん?』

 なんだか突然、枝に花が咲いた。見まちがいだろうか。

『ってそんなわけなぁい! なんでぇっ!?』

 突然にもほどがある。

『しかも桜にあるまじき不可解な色してない? ぼくほんとに桜なの!?』

 やっと花が咲いたかと思えば、青なのか紫なのかよくわからない色をしていた。
 こうなると、いよいよわけがわからなくなってくる青年である。

「おにいちゃん、かおまっか! あはは!」
『へっ……』

 なのに、ふゆがふき出した。
 おかしそうに笑っている。

「おはな、きれいだね」

 そんなとき、ふとそんなことを言われたら。

「ふゆによしよししてくれて、ありがと、おにいちゃん」

 ──こんなの、不意討ちだろう。

(この子は……純粋な子だ)

 青年は褒められたことが気恥ずかしくて、うつむいてしまう。

「あ、おはな!」

 そうしたら、風もないのにひらひらと花びらが舞い散る。
 青年の胸のざわめきに、呼応したかのようだ。

(こら! おさまれ! おさまれったら!)

 青年が平常心を取りもどそうとすればするほど、桜の花びらが乱れ舞った。
 もうどうにもできない。

『えっと、とりあえず……知らないひとに、お名前を教えちゃだめだよ』

 とほうに暮れた青年は、きょろきょろと花びらを視線で追いかけるふゆへ念を押す。
 この島の住民なら、そのことはこどもにも厳しく言い聞かせているはず。
 ふゆというのも本来の名ではないだろう。

「おにいちゃんは、だいじょうぶだよ」

 それなのに、簡単にそんなことを言う。
 良くも悪くも、ふゆは純粋なこどもだった。

「おにいちゃんが、かくしてね」

 青年は、いつの間にかふゆがひざに座っていることに気づく。
 そして、白一色だったじぶんの着物の袖や裾が、淡い青と紫に染まっていたことも。

『ちょっとだけだよ』

 ふゆとの会話が心地いいから、つい欲が出てしまった。
 青年はふゆを抱き直し、淡色の袖でそっとつつみ込んだ。
 すこしだけ、ほんのすこしだけと、じぶんに言い聞かせて。


 ──そして、その日の夕方。

「やだ! かえらない! おにいちゃんとあそぶ!」
『帰らないとだめだって!』

 このように、駄々をこねはじめたふゆとの格闘がくり広げられることとなったのである。
 青年は焦っていた。もう日が暮れる。
 妹がいないと、ふゆの兄が両親へ言いに行く声を聞いてしまった。

(七つまでは神の子というし……いまならまだ、間に合う)

 もし神隠しにあったとさわぎになっても、ふゆが幼いいまはまだ許される。

『もうお帰り』
「でも……」
『ぼくはずっとここにいるよ』

 草花にやどる精霊は、土地神のようなもの。
 依代がある場所から、遠く離れることはできない。
 心配しなくても、ここにくれば会える。青年は幼子でもわかる言葉で、そうつたえる。 

『また明日も遊んであげる』
「ほんとに……やくそくしてくれる?」

 泣き腫らした目で、ふゆが見あげてくる。青年はすこしためらって、

『うん……約束』

 と指きりをした。
 二度と会えなくなるわけではない。それを理解したふゆは、見違えて上機嫌になった。

「またね、おにいちゃん!」

 満面の笑みで家へ帰っていくふゆを、青年はほほ笑みを浮かべて見送る。

『神さまと簡単に約束なんてしちゃだめだよ……ふゆ』

 そんなこと、いまさら言ったところで無意味だけれど。
 こうして、青年はふゆと出会った。ふゆが七歳の初夏のことだった。