御刀さまと花婿たち


  *  *  *


 民家の庭に植えられた桜の木の精。
 それが青年だ。ただそれだけの存在。
 しかし、じぶんはふつうの桜とはすこしちがうのではないか。
 青年はそうぼんやりと認識していた。

(だって、花が咲かないんだものなぁ)

 依代(よりしろ)である桜の木の根もとに座り込み、青年は苦笑する。
 成長は早かった。
 種をまかれて、たったの一年で民家の屋根よりも高く育ったのだ。
 それなのに、春になっても花が(つぼ)むことすらない。
 次の春も、その次の春も。

(こうなったら……よし、寝るか!)

 だってぼくにできることはないんだもの、と青年は開き直る。
 なので、青年はひと眠りすることにした。
 目を覚ました次の春には、こんどこそ花を咲かすことができていますように。
 そうねがいながら。

「……にい、ちゃん、おにいちゃん」
『うん……?』

 うつらうつらしていたときだ。
 だれかに呼ばれているような気がして、青年は目を覚ました。
 目の前には、いたいけなこどもがいた。
 女の子だ。

「おにいちゃん、なにしてるの?」
『なにって、お昼寝を……』

 ふわぁ……とあくびをした青年は、そのままの姿勢で固まる。
 そして、すっとんきょうな声をもらした。

『えっ、ちょっ、なんでぼくが見えてるの!?』

 青年は焦りに焦る。
 それもそのはず。
 彼は産魂()まれたばかりで、力の弱い神。
 そこにいないも同然の存在。
 ひとの目に見えるはずもなかった。
 それなのに、女の子は黒目がちの瞳で、じっと青年をとらえている。

(ひとでも、霊力が高ければ神やあやかしを『視る』ことができると聞いたけれど……)

 まさか、目の前の女の子がそうだというのか。
 青年が信じられない気持ちで二の句をつげずにいると、女の子はなにを思ったか。
 とことことやってきて、ちょこんと青年のとなりに座った。

「かくして」
『え……?』
「おにいちゃんとかくれんぼしてるの。かくして!」
『えぇえ!?』

 あたふたとする青年。
 女の子は青年の袖をぐいぐいと引っぱり、「はーやーく!」と焦れている。
 なんという無茶ぶりか。
 だが相手はこども。
 冷たくあしらうのはかわいそうだ。

『これでいい?』

 ついに折れた青年は、着物の白い袖でふわりと女の子を覆いかくす。

「ふーゆー! どこー!」

 そのうちに、こんどは男の子が庭にやってきた。女の子とよく似ている。
 男の子が呼ぶ『ふゆ』という名には、青年も聞きおぼえがあった。
 この家の夫婦が、生まれてくる娘の幸せをねがって植えた桜。
 それが青年なのだ。
 そして夫婦の娘の名前が、ふゆ。

(そっかぁ。この子がそうなんだ)

 ふゆには兄がいたはずだ。
 となれば、兄妹で遊んでいるところなのだろう。
 そこへ巻き込まれるかたちになったのは、予想外だけれど。

「……ぐすっ」
『って、なんで泣いてるの!?』

 物思いにふけっていたら、なぜかふゆがぐすぐす泣いていた。
 青年はさらに焦る。

『なんで? ぼくなにかしたかな!?』
「ううん……やなこと、いわれたの。がっこうで」
『学校……? おともだちに?』

 こくりと、ふゆはうなずく。

「ふゆのおうち、かみさまがいるっていったの。でもみんな、『うそつき!』って……うそじゃないもん!」
『そっかぁ』

 わざわざ桜の木を植えるような家のこどもだ。
 物をたいせつにするよう、両親から言いつけられているのだろう。
 ふゆは霊力が高いようだし、家のなかにいる付喪神を目にしたとしても、なんらおかしくはない。
 うんうんと青年がうなずくと、ふゆがぱぁっ! と顔をあげる。