* * *
その光景に、葵葉は目を見はった。
(俺のときみたいに、抜き身の刀身じゃない)
朱漆塗りの鞘。
あれは、鼓御前の神気が具現化したものだ。
千菊はその手腕でもって、より多くの鼓御前の力を引きだしてみせた。
そのあかしである。
(敵いっこないだろ。……さすがだなぁ、あるじは)
いっそ清々しくなって、葵葉は笑いをもらす。
「いきますよ、つづ」
千菊の手ににぎられたなら、もう恐れはなかった。
むしろ鼓御前は、高揚していた。
『承知いたしました、あるじさま!』
ふたたびその手でふるわれる喜びに、こころが震えていた。
「近づくな……!」
紫陽が手をかざし、鋭利な枝が襲いかかってくる。
柄に手を添え、一歩、二歩と千菊が歩みを進めた直後。
──すぱぁんっ!
襲いくる枝が、まっぷたつに断ち切られていた。
「なんだと……!」
うろたえる紫陽。
それを、葵葉は可笑しげにながめていた。
「いいことを教えてやろうか。蘭雪公は刀をふるわせたら化け物だが、そのなかでも居合いの達人だ」
居合い。まばたきのうちに刀を抜き放ち、勝敗を決するもの。
稲妻が落ちるように、一瞬で敵を斬り伏せる。
それこそ、蘭雪が『鳴神将軍』と恐れられるゆえんのひとつである。
「要するに。このひとに刀を抜かせた時点で、あんたの負けだ」
たっと、千菊が跳躍。
またたく間に紫陽の目前へ迫った。
「この……!」
千菊を薙ぎ払おうと、枝が襲いかかる。
しかし身をひとひねりしてかわした千菊が、柄を握りしめ。
「──そこです」
漆黒にかがやくきっさきを、紫陽の胸に突き立てた。
「っぐ……ぁあッ!」
当然ながら、紫陽は苦しみ悶える。
だが刃が突き刺さっているというのに、その胸もとから血液は一切流れない。
「感じて、さぐりあてるのです。そして、穢れだけを断ち切る」
静かに語りかけながら、千菊が漆黒の刃をぐっと押し込んだ刹那。
ぶちり──
分厚く絡まった糸が、ちぎれる音がした。
ほろほろと、紫陽に巣食っていた黒い色彩が消えゆく。
「……ふゆ……」
遠のく意識のなか、紫陽はうわごとのようにつぶやいた。
「……ごめん、ね」



