「完全に堕ちてる。言葉が通じる状態じゃないぞ。どうすんだ?」
身がまえる葵葉。
千菊はじっと紫陽の動向を注視したまま、鼓御前へ語りかける。
「つづ、このままでは、この場にいる全員の身が危険です。早急に〝慰〟を祓う必要があります」
「できません!」
しかし千菊の言葉に、鼓御前は激しく拒否を示した。
「姉さま、なんでだよ!」
「だって〝慰〟を祓うということは、紫陽さまをも祓うということ……そんなこと、わたしにはできません!」
紫陽は〝慰〟とほぼ同化してしまっている。
〝慰〟を祓うことで、ふゆは救えるかもしれない。ふゆだけなら。
「紫陽さまがいなくなったら、ふゆおばあちゃまは悲しまれるわ……おふたりを引きはなすなんてこと、わたしにはぜったいできません……!」
「そんなこと言ってる場合じゃないって!」
「無理です! できないんです!」
とうとう鼓御前は、わっと泣きだしてしまった。
付喪神としては感情豊かなほうであった鼓御前だが、それにしては情緒が不安定だ。
「もしかすれば、瘴気にあてられてしまったのかもしれませんね。……つづはひとの痛みがわかる、やさしい子ですから」
こうしているあいだにも、鼓御前は瘴気にさらされている。
御刀さまは穢れを多く受けるほど、手入れも困難を極めてゆく。
最悪、治せない『疵』がのこってしまう。
ゆえに千菊は、行動する。
心を鬼にして、鼓御前へ語りかける。
「泣いているひまはありません。立ちなさい、鼓御前」
「でも……でも……!」
「愛すべき人の子を守る。そのために闘うのではなかったのですか。ならば、ぐずぐずしている場合ではないはず」
「っ……!」
「ちょっと、いくらなんでも言いすぎじゃ……」
仲裁に入ろうとした葵葉を、千菊は毅然とした態度で制する。
「言ったでしょう。今日は見学だと」
それは、口を出すなという牽制だ。
葵葉が知る蘭雪は、『鳴神将軍』という異名にたがわず、厳しい人物だった。
そしてその厳しさとおなじくらい、やさしい人物でもあった。
「大丈夫だから、きみは見ていて」
そのひと言で、葵葉は引き下がる。
そうだ、最初から口を出す必要などなかった、と。
「でもわたしは、刀です……斬ることしかできないわ……わたしでは、紫陽さまを傷つけてしまう……っ!」
「つづ」
千菊はすすり泣く鼓御前の肩にふれ、ぐっとふり向かせる。
「──私を見て」
鼓御前は、紫水晶の瞳を極限まで見ひらく。
いつの間にだろう。千菊が面をはずしていた。
そこにいるのは、恐ろしい竜ではない。
澄んだ青玉の瞳を持つ青年だ。
「そうです、きみは刀です。ただ斬るだけなら、きみさえいればいい。けれど御刀さまにはお付きの覡が必要なんです。なぜだかわかりますか?」
「そ、れは……どうして、ですか?」
千菊はふ……と口もとをほころばせ、そっと鼓御前のほほをつつみ込む。
「それはね、正しくふるう者が必要だからです」
「正しく、ふるう者……?」
「悪しきものを斬り、そうでないものはけっして傷つけない。その判断は、刀のふるい手、覡がおこないます」
……こつん。ひたいとひたいが、ふれあう。
「私がいます。私を信じて。きみならきっと救うことができます──つづ」
「あるじさま……」
吐息がふれあうほど近くで、千菊がほほ笑む。
ほ……と脱力した鼓御前を抱きとめた千菊は、いま一度力強く抱きしめる。
「諸々の禍事、罪穢を祓え給ひ、清め給え。神ながら守り給い、幸え給え」
舌先でころがすように、千菊が祝詞を口にする。
「畏み畏みも白す──鼓御前」
鼓御前をさいなんでいた苦しみは、もうどこにもなかった。
「──是」
呼びかけに、ひとたび応えたなら。
ぱぁあ……
まばゆい光とともに、ひと振りの刀がすがたを現す。
目にも鮮やかな朱色の鞘におさまった、脇差が。
身がまえる葵葉。
千菊はじっと紫陽の動向を注視したまま、鼓御前へ語りかける。
「つづ、このままでは、この場にいる全員の身が危険です。早急に〝慰〟を祓う必要があります」
「できません!」
しかし千菊の言葉に、鼓御前は激しく拒否を示した。
「姉さま、なんでだよ!」
「だって〝慰〟を祓うということは、紫陽さまをも祓うということ……そんなこと、わたしにはできません!」
紫陽は〝慰〟とほぼ同化してしまっている。
〝慰〟を祓うことで、ふゆは救えるかもしれない。ふゆだけなら。
「紫陽さまがいなくなったら、ふゆおばあちゃまは悲しまれるわ……おふたりを引きはなすなんてこと、わたしにはぜったいできません……!」
「そんなこと言ってる場合じゃないって!」
「無理です! できないんです!」
とうとう鼓御前は、わっと泣きだしてしまった。
付喪神としては感情豊かなほうであった鼓御前だが、それにしては情緒が不安定だ。
「もしかすれば、瘴気にあてられてしまったのかもしれませんね。……つづはひとの痛みがわかる、やさしい子ですから」
こうしているあいだにも、鼓御前は瘴気にさらされている。
御刀さまは穢れを多く受けるほど、手入れも困難を極めてゆく。
最悪、治せない『疵』がのこってしまう。
ゆえに千菊は、行動する。
心を鬼にして、鼓御前へ語りかける。
「泣いているひまはありません。立ちなさい、鼓御前」
「でも……でも……!」
「愛すべき人の子を守る。そのために闘うのではなかったのですか。ならば、ぐずぐずしている場合ではないはず」
「っ……!」
「ちょっと、いくらなんでも言いすぎじゃ……」
仲裁に入ろうとした葵葉を、千菊は毅然とした態度で制する。
「言ったでしょう。今日は見学だと」
それは、口を出すなという牽制だ。
葵葉が知る蘭雪は、『鳴神将軍』という異名にたがわず、厳しい人物だった。
そしてその厳しさとおなじくらい、やさしい人物でもあった。
「大丈夫だから、きみは見ていて」
そのひと言で、葵葉は引き下がる。
そうだ、最初から口を出す必要などなかった、と。
「でもわたしは、刀です……斬ることしかできないわ……わたしでは、紫陽さまを傷つけてしまう……っ!」
「つづ」
千菊はすすり泣く鼓御前の肩にふれ、ぐっとふり向かせる。
「──私を見て」
鼓御前は、紫水晶の瞳を極限まで見ひらく。
いつの間にだろう。千菊が面をはずしていた。
そこにいるのは、恐ろしい竜ではない。
澄んだ青玉の瞳を持つ青年だ。
「そうです、きみは刀です。ただ斬るだけなら、きみさえいればいい。けれど御刀さまにはお付きの覡が必要なんです。なぜだかわかりますか?」
「そ、れは……どうして、ですか?」
千菊はふ……と口もとをほころばせ、そっと鼓御前のほほをつつみ込む。
「それはね、正しくふるう者が必要だからです」
「正しく、ふるう者……?」
「悪しきものを斬り、そうでないものはけっして傷つけない。その判断は、刀のふるい手、覡がおこないます」
……こつん。ひたいとひたいが、ふれあう。
「私がいます。私を信じて。きみならきっと救うことができます──つづ」
「あるじさま……」
吐息がふれあうほど近くで、千菊がほほ笑む。
ほ……と脱力した鼓御前を抱きとめた千菊は、いま一度力強く抱きしめる。
「諸々の禍事、罪穢を祓え給ひ、清め給え。神ながら守り給い、幸え給え」
舌先でころがすように、千菊が祝詞を口にする。
「畏み畏みも白す──鼓御前」
鼓御前をさいなんでいた苦しみは、もうどこにもなかった。
「──是」
呼びかけに、ひとたび応えたなら。
ぱぁあ……
まばゆい光とともに、ひと振りの刀がすがたを現す。
目にも鮮やかな朱色の鞘におさまった、脇差が。



