御刀さまと花婿たち


  *  *  *


「お初にお目にかかります、紫陽さま」

 桜の木にやどった精霊、紫陽。
 彼を前にして、千菊が深々とこうべを垂れる。
 敬意を示す千菊を、紫陽は怪訝そうに見つめる。その腕には、ふゆが抱かれていた。

「ふゆおばあちゃま!」
「いけません、つづ」

 ふゆはぐったりとして、意識がない。
 ただごとではない状況であるはずなのに、鼓御前が駆け寄ることを千菊は許さなかった。

「姉さま、気持ちはわかるけど落ち着け。あの桜の精……やばいぞ」

 この場において、葵葉も冷静に状況を把握したらしかった。
 常磐色の瞳を細めながら、鼓御前をなだめる。

「そういえば、紫陽さまに黒い煙のようなものがまとわりついて……」

 そこまで声にして、鼓御前ははっとした。
 とたん冷や汗がふき出る。
 予想しうる『最悪の状況』を、理解してしまったために。

「先ほどゆみさんを襲っていたモノが、〝(ヤスミ)〟の本体ではない」

 アレは操られていたモノ。
 つまり、モノにやどった邪気にはたらきかけた存在がある。
 そして、その存在というのは疑いようもなく……

(やす)んでしまわれたのですね、紫陽さま」

 モノにやどった邪気は、きっかけにすぎない。
 しかし自宅にまで押しかけ、口汚くふゆを罵るゆみの『負の感情』にふれ、彼──紫陽は堕ちてしまった。
(ヤスミ)〟を取り込み、祟り神になってしまったのだ。
 それが、千菊の見解。
 そして揺るぎない事実だ。

「……ぼくは、いたずらな殺生を好まない。二度とぼくたちに関わらないと誓え」

 紫陽の口調は淡々としたものだ。
 しかし堕ちてなお、鼓御前たちへ慈悲をかけている。

(もしかして、先日の神隠しは……紫陽さまが? ゆみさんたちに対する『警告』だったということ?)

 ゆみたちを怖がらせて、追い払おうとしていた。
 これ以上ふゆに近づくな。
 傷つければ容赦はしないと。

(きっと紫陽さまは、とても心根のおやさしい方なんだわ……)

 そう理解すると、鼓御前は目頭が熱くなるのを感じた。

「ゆみさんを許していただくことは……」
「できない。その者たちは、幾度となく、愚かなふるまいをくり返してきた。何度も何度も何度も……ふゆを傷つけた人間どもを、ぼくはぜったいに許さない!」

 ぶわり。
 紫陽の激昂とともに、濃密な瘴気が爆発的にふくれあがる。
 そのとき紫陽の腕に抱かれたふゆが、苦しげにうめいた。

「うっ……!」
「紫陽さま、どうかお鎮まりください! このままでは、ふゆおばあちゃままで瘴気に呑み込まれてしまいます!」
「許さない……ぼくたちを引きはなそうとするのなら、おまえたちも許さない……!」
「紫陽さ……!」
「つづ、やめなさい!」

 なおも説得しようとする鼓御前の腕を、千菊がつかんで引きとめる。

 ──ブォンッ!

 うしろへかしいだ鼓御前の視界を、なにかがかすめる。
 艷やかな黒髪のひとふさが、はらりと足もとに落ちた。

「…………え?」

 こわごわと、鼓御前は視線をもどす。
 そして、愕然とした。

「ふゆはぼくのものだ……だれにもわたさない!」

 凛と咲きほこっていた桜の木は、見る影もなく。
 うねうねとうごめく枝が、先を尖らせ、鼓御前たちを捉えていた。