「あるじさま、これは……」
「えぇ。『持ち主への報復』ですね」
ぞんざいにあつかわれ、邪気をため込んだ物は、不吉を呼び寄せるとされる。
「あのアクセサリー類に、付喪神はやどっていません。ですが邪気が具現化し、牙を剥いている」
「まさか、〝慰〟……!?」
〝慰〟とは、穢れが凝り固まったモノだ。
持ち主を恨む持ち物の邪気が、〝慰〟をうんだのだ。
「いたいいたい! 痛いわッ!」
今度は頭上を覆った巨大なざるの網目から、小豆がふり注ぐ。
小豆といえど、そのひと粒は栗よりも大きい。
その分重量もある。
にわか雨のごとくふり注ぐ小豆が、バチンバチンッと激しく床をはねた。
そのときだ。鼓御前は見てしまった。
ふっ……と消えたざるの向こうから、ゆみめがけ、巨大な木の棒──すりこぎが落下するのを。
丸太が降ってくるようなものだ。
むろん、下敷きになればただではすまない。
しかし、ゆみはネックレスのチェーンに全身を絡めとられている。身動きなどとれない。
「え……」
恐怖に染まった表情で、固まるゆみ。
「あるじさま!」
「任せてください」
千菊はすでに行動していた。すばやく指を組み、印をむすぶ。
「──!」
だが術を発動する寸前で、動きを止める。
ゆみの前へ飛びだす人影を捉えたためだ。
「──『結』!」
巨大なすりこぎが突如軌道を変え、ゴゥン……と轟音をひびかせて床に転がった。
千菊は、いま一度まばたきをする。
ゆみの前へ飛びだした人影は、葵葉だった。
葵葉が頭上高くにかかげる両手のさきには、宙で整然とならぶ何枚もの札がある。
淡く発光するその札が、光の壁をつくりだしていた。
「結界の護符をつくるのが上手になりましたね、葵葉」
「はいはい、一般人の安全を最優先にってのは守ったぞ」
「よい判断です。『特別授業』の賜物ですね」
「いいからこのわけわかんない状況、さっさと解決してくんない!? 俺見学なんだろ? モタモタしてたら手ぇ出すぞ!」
「葵葉……あんなに立派な結界術を使えるようになって」
葵葉がふところから護符を取りだす光景を、鼓御前も目にしていた。
千菊との会話からもわかるように、葵葉がゆみを襲う凶器を、結界ではじいたのだ。
「そうですね。きみの言うとおり、私もそろそろ本気をださないと」
口もとに笑みを浮かべた千菊が、組んでいた手をほどく。
「──『滅』」
ぱちん──……千菊がひとたび指を鳴らすと、ゆみにまとわりついていたチェーンが煙のように消え失せる。
それだけではない。ハイヒールも、宝石も、散乱していた小豆も、すりこぎも、ことごとく消え去ってしまった。
「涼しい顔して一瞬かよ……腹立つな」
ぶつくさと文句を垂れた葵葉は、ため息をひとつ。
それから鼓御前と千菊のほうへ歩みよってきた。
「ひとまず片付いたんなら、あのオネーサマはほっといていいか?」
「歩けないようですし、そのほうがいいかもしれませんね」
ゆみは放心して腰を抜かしているようだ。
この場に邪気はのこっていないから、無理に連れまわす必要もないだろう。
「あの、あるじさま。これからどうなさるおつもりで?」
「ここから出ます。そのためには、この『神域』をつくりだしている大元──桜の精さんと、平和的な話し合いができればよいのですが」
──ヒュオウ!
いつぞやかのように、突風が吹き抜ける。
思わず目をつむった鼓御前が、ゆっくりまぶたをひらくと──まったく異なる景色がひろがる。
霧雨がふりしきる音。
暗い暗い虚無の空間に、一本の桜の木だけがある。
「……邪魔をするなら、おまえたちも無事ではすまないぞ」
桜の木の前には、青年がたたずむ。
着物の裾と右眼を、黒く染めた青年が。
「えぇ。『持ち主への報復』ですね」
ぞんざいにあつかわれ、邪気をため込んだ物は、不吉を呼び寄せるとされる。
「あのアクセサリー類に、付喪神はやどっていません。ですが邪気が具現化し、牙を剥いている」
「まさか、〝慰〟……!?」
〝慰〟とは、穢れが凝り固まったモノだ。
持ち主を恨む持ち物の邪気が、〝慰〟をうんだのだ。
「いたいいたい! 痛いわッ!」
今度は頭上を覆った巨大なざるの網目から、小豆がふり注ぐ。
小豆といえど、そのひと粒は栗よりも大きい。
その分重量もある。
にわか雨のごとくふり注ぐ小豆が、バチンバチンッと激しく床をはねた。
そのときだ。鼓御前は見てしまった。
ふっ……と消えたざるの向こうから、ゆみめがけ、巨大な木の棒──すりこぎが落下するのを。
丸太が降ってくるようなものだ。
むろん、下敷きになればただではすまない。
しかし、ゆみはネックレスのチェーンに全身を絡めとられている。身動きなどとれない。
「え……」
恐怖に染まった表情で、固まるゆみ。
「あるじさま!」
「任せてください」
千菊はすでに行動していた。すばやく指を組み、印をむすぶ。
「──!」
だが術を発動する寸前で、動きを止める。
ゆみの前へ飛びだす人影を捉えたためだ。
「──『結』!」
巨大なすりこぎが突如軌道を変え、ゴゥン……と轟音をひびかせて床に転がった。
千菊は、いま一度まばたきをする。
ゆみの前へ飛びだした人影は、葵葉だった。
葵葉が頭上高くにかかげる両手のさきには、宙で整然とならぶ何枚もの札がある。
淡く発光するその札が、光の壁をつくりだしていた。
「結界の護符をつくるのが上手になりましたね、葵葉」
「はいはい、一般人の安全を最優先にってのは守ったぞ」
「よい判断です。『特別授業』の賜物ですね」
「いいからこのわけわかんない状況、さっさと解決してくんない!? 俺見学なんだろ? モタモタしてたら手ぇ出すぞ!」
「葵葉……あんなに立派な結界術を使えるようになって」
葵葉がふところから護符を取りだす光景を、鼓御前も目にしていた。
千菊との会話からもわかるように、葵葉がゆみを襲う凶器を、結界ではじいたのだ。
「そうですね。きみの言うとおり、私もそろそろ本気をださないと」
口もとに笑みを浮かべた千菊が、組んでいた手をほどく。
「──『滅』」
ぱちん──……千菊がひとたび指を鳴らすと、ゆみにまとわりついていたチェーンが煙のように消え失せる。
それだけではない。ハイヒールも、宝石も、散乱していた小豆も、すりこぎも、ことごとく消え去ってしまった。
「涼しい顔して一瞬かよ……腹立つな」
ぶつくさと文句を垂れた葵葉は、ため息をひとつ。
それから鼓御前と千菊のほうへ歩みよってきた。
「ひとまず片付いたんなら、あのオネーサマはほっといていいか?」
「歩けないようですし、そのほうがいいかもしれませんね」
ゆみは放心して腰を抜かしているようだ。
この場に邪気はのこっていないから、無理に連れまわす必要もないだろう。
「あの、あるじさま。これからどうなさるおつもりで?」
「ここから出ます。そのためには、この『神域』をつくりだしている大元──桜の精さんと、平和的な話し合いができればよいのですが」
──ヒュオウ!
いつぞやかのように、突風が吹き抜ける。
思わず目をつむった鼓御前が、ゆっくりまぶたをひらくと──まったく異なる景色がひろがる。
霧雨がふりしきる音。
暗い暗い虚無の空間に、一本の桜の木だけがある。
「……邪魔をするなら、おまえたちも無事ではすまないぞ」
桜の木の前には、青年がたたずむ。
着物の裾と右眼を、黒く染めた青年が。



