御刀さまと花婿たち

「……つづ……つづ」

 名を呼ばれている。
 肩を軽くゆさぶられる感覚で、鼓御前は目を覚ました。

「気がついたようですね」
「あるじ、さま……?」

 まぶたをもちあげると、まっさきに竜頭面が目に入る。
 鼓御前は千菊の腕のなかにいた。
 彼に抱き起こされ、ようやく周囲に目を向けることができる。

「ここはいったい……不思議なところに、柱がありますね」

 だだっ広い床のど真ん中に、巨大な木製の柱がそびえ立っている。
 柱に手をつき、立ちあがる鼓御前。
 すぐにはっとした。
 ちがう、柱ではない。
 うんと見上げれば、『それ』が丸椅子の脚であることがわかった。
 ふゆが店番をするとき、休憩に使っていた椅子だ。
 
「うそ……」

 見わたせば、おはぎをならべていた木製の販売台。
 日よけの番傘に、長椅子。
 そのすべてに見おぼえがあった。
 ただし、鼓御前の記憶より()()()()()()()()()()()
 ふゆが営む甘味処の床。
 そこで鼓御前たちは、小豆大までちいさくなったすがたでたたずんでいたのだ。

「まわりが巨大化したのか、私たちのからだが縮んでしまったのか。どちらにせよ、ふつうではあり得ない空間です」

 千菊はしばし思案し、冷静に状況を推測する。

「先ほど濃密な『力』に飲み込まれる感覚がありました。おそらくは、桜の精さんが神気を暴走させたもの。ここは、彼がつくりだした『神域』なのかもしれません」
「『神域』……草花にやどる精霊も、付喪神と似たような存在でしょう? 樹齢七十年ほどの桜の木に、これほどまでの『神域』をつくりだす精霊がやどるなんて、信じられませんわ……」
「間違いなく、ふゆさんが関係しているでしょうね」
「ふゆおばあちゃまが……? そうだわ、みなさんはどちらに!?」

 千菊と話すうちに、だんだんと直前のことを思いだしてきた。
 焦りを見せる鼓御前。
 そのくちびるに、千菊のしなやかな指先が、す……と押し当てられた。

「焦りは禁物です。まぁ……のんびりしているひまがないのは、たしかですが」

 そういって、千菊がつと視線を逸らす。

「──いやぁあっ! 来ないでぇっ!」

 かん高い女の悲鳴がひびく。ゆみのものだ。
 純白の裾をひるがえし、千菊が駆けだす。
 深く考えるまでもなく、鼓御前もそれに続いた。

「何事ですか!?」

 悲鳴が聞こえた方角へ駆けつけた鼓御前は、衝撃的な光景を目にする。
 破けたストッキングで駆けずりまわるゆみ。
 そんな彼女を、巨大なハイヒールが執拗に追いかける光景だ。

「なんなのよこれぇっ! ひッ!」

 艷やかな革製の黒いハイヒール。
 それが、意思をもったようにゆみをふみつぶそうとする。
 鋭いヒール部分が頭上を捉え、ゆみは転がるようにして避けていた。間一髪だ。

「きゃあっ、まぶしいっ!」

 さらにゴロゴロと押し寄せた色とりどりの宝石が、目も眩むほどの輝きを放つ。
 あまりのまぶしさに、ゆみがひるむ。
 そこへ背後から這いよったネックレスのチェーンが、大蛇のようにまとわりついた。

「もういやぁ! だれか助けてぇ!」

 物が、意思をもったようにひとを襲う。
 なんという光景なのだろう。